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雑記2

「中の人」に何を求めるか?

俺はこう思うのですよ。

 
 
まず初めに
普段「中の人」についてあれこれ話す事はあっても、中の人それ自体について話す事はないと思う。
そこで俺は、最近強く思うようになった自分の意見を述べたい。

この記事は決して正しい事を言っている訳ではなく、俺の主観的な意見を述べています。

まずは、この記事での「中の人」について定義しておきたい。

主にアニメキャラクターを演じる声優をさして「中の人」と言われるが、それを含めテレビドラマ等でキャラクターを演じている俳優、アニメなど作品を制作している制作者、またさらに広義に小説化や漫画家なども「中の人」と定義する事にする。

ドラマにおける俳優について
いきなり話が飛ぶが、俺は芸人やタレントが俳優業をやる事が嫌いである。

というのも、俳優というのは「役を演じる」ための仕事であって、個人差はあるがさまざまな性格のキャラクターを演じていく事になる。
しかし、芸人やタレントは、ネタやトークを披露するのが仕事なので、必然的に「自分のキャラ」というものを持つ事になる。

「自分のキャラ」を持つ事が仕事である人間が、「他人を演じる」というのは、いささかおかしな話である。
実際に、すでにキャラを確立している芸人やタレントがドラマや映画などに出演しても、すでに存在するキャラクターが先行して感情移入しずらい。
本人の演技力が問題なのではない。例え演技力が高くても、この先入観は絶対に消えないだろう。

したがって、ドラマは全て俳優がやるべきだと思う。
その方が確実に、作品の質も向上するはずだし、さまざまな可能性を引き出せるはずだ。

芸人を売りたければお笑いで、タレントを売りたければバラエティのトークで売ればいいんである。
「住み分けをしろ」とか言っているのではない。使いどころを間違えて双方の質を下げてしまっては、本末転倒なのだ。

この点から俺は、俳優のプライベートなどにまったく興味がない。
「だれだれの素顔を公開!」ってな感じの番組があったりするが、糞食らえって思っている。俳優の素顔を見せてその人のキャラクターを公開して、ドラマや映画の質を下げているだけではないか。
芸人なりタレントなりの素顔を公開してりゃいいのだ。

もちろん、好きな俳優の素顔を知りたい!とか、もっとこの人の事を知りたい!という心理は理解出来る。
だからこそああいう番組の需要もあるのだろう。
なので、俺自身は糞食らえって思っているが、全否定するつもりはない。

話変わって、以前とある流れで「どの女優が好きか」みたいな話になった事がある。
俺はアニヲタであってドラマを普段見ないので、当然ながら出てくる名前をほとんど理解出来なかった。

寂しがり屋な俺は話に参加出来ないのは嫌だったので、「俺は堀北真希好きだなぁ」と言った。
ちなみにこれは本心である。女優とか大して興味ない俺だが、堀北真希はマジで可愛いと思う。天使である。加えて、俳優として最重要項目である演技力も申し分ない。

ところが、ある一人の女子が「え~!?」なんてリアクションをした。
俺はびっくりした。堀北真希が可愛いのは、俺だけが思っている訳ではなく、割とみんな納得するところだと思っていたからだ。
しかし聞くと、堀北真希は性格が悪いらしいのである。だから「え~!?」というリアクションを取った。

この「性格が悪い」だが、これって俳優の好感度を下げる要素としてどうなのだろうか?
俳優の評価は演技力(場合によってはさらに容姿)で決めるべきと思っている俺は、「性格が悪い」という理由で評価を下げてはいけないと思っている。

だって、俳優の演技力が半端で作品の質に影響したら見てる俺たちは嫌だが、性格が悪かったところで、俺たちに何か迷惑になる事があるだろうか?
性格が良かったところで、その俳優が出演しているドラマの質が上がるのだろうか?

間接的に影響がある事は、もしかしたらあるのかも知れない。
しかし、俳優を評価するに当たって、こういうファクターは出来るだけ省くべきである、と俺は考える。
堀北真希は可愛いのである。

アニメにおける声優について
芸人やタレントが俳優業をやる事は嫌いである、と書いたが、これはそのままアニメにも当てはまる。
といっても、これに関してはアニメ好きならばほぼ全員が納得するところであろう。

芸人やタレント、俳優を声優として起用するな。
いろんなところで再三言われている事である。これの主な理由としては、素人が声優をやったところで演技力はたかが知れており、たいてい棒演技になる事が挙げられる。ジブリなんて酷いもんである、岡田准一なんて演技力の「え」の字もなかった。

しかしこれだけではなく、俺がドラマについて語った理由も大きい。
芸人やタレントは、繰り返しになるが「自分のキャラ」を持っているので、アニメキャラクターを演じる事自体ナンセンスな事なのである。

例を上げると、名探偵コナンの劇場版「漆黒の追跡者(チェイサー)」においてDAIGOがゲスト声優として出演したが、彼が演じたのは恋人をとても大切に思っている心優しい青年であり、役が合っていないにもほどがあると、劇場で見ながら俺は嘆いた。ついでに大変な棒演技だった。やめてほしかった。

この、「役が合っていない」という感想が出てくる時点でおかしいのである。
彼は「ウィッシュ!」という自分の持ちネタまで持っているタレントであり、本人役で出演しない限り、「役者」としての仕事が出来る訳ないのだ。

このDAIGOもそうだが、主に劇場版アニメが公開される時、「豪華声優」と銘打って有名タレントや俳優、芸人が起用される事がよくある。
まったくもって糞食らえである。せっかくスタッフが汗水たらして作り上げたアニメの質を下げて何が楽しいのか。

声優の露出について
ここで話はガラッと変わるが、上記の事をふまえて、俺は声優の露出はあまりしないべきだと考えている。

「自分のキャラ」を持つ芸人やタレントが役者をしちゃいけないのなら、反対に、「役を演じる」声優(そして俳優)が自分のキャラを持ってもいけないはずだ。

もちろん、「この声優ならこういうキャラクターを良く演じる」といった傾向があるが、これは声質や演技の仕方などに左右される部分であり、この点に関しては何も問題はない。
ここでさらにキャラクター付けをしてしまってはいけないのだ。

ところが、声優の主な仕事にはアニメの声当て以外にも「ラジオ」というものがある。
これは収入的にも声優にとって欠かせない要素であるはずで、これをなくす訳にはいかない。

ラジオのパーソナリティなどをやるという事は、ここでキャラクター付けが行われてしまう。
これでは、今まで俺が言ってきた事と相反する事になり、俺は声優のラジオ活動を否定しなければならなくなる。

しかしながら、この程度は許容範囲だと俺は考えている。
何故なら、ラジオも声当てと同じく「声」の仕事だからだ。
人間は、他人の情報を八割~九割視覚から入手している。聴覚から入手する部分は、かなり少ないのである。
なので俺は、ラジオは全然構わないと思っている。

そして、これはつまり、ラジオ以外の露出は駄目、という事になってくる。
主に雑誌において、声優は露出する事が多い。声優の専門雑誌もあるくらいだ。

俺は、声優が視覚的に露出する事に関して否定的である。
これは明らかに、声優自身にキャラを持たせる事になっており、アニメにおける自由な評価を妨げる要因になるだろう。

ベテラン声優などは、テレビのオファーであっても露出を拒む事が多い。
これの理由として、「子どもの夢を壊す事になるから」というのがある。
これは今でも言えるはずで、また、形やスケールは違えど俺たちが普段楽しんでいる深夜アニメにも言える事ではないだろうか。

少し話はそれるかも知れないが、俺は「ツイッター」というツールが嫌いである。
これは誰でも手軽にポンと発言が出来て、またコミュニケーションも取れるというとても面白いツールで、今現在利用者はどんどん増えている。

その中には、声優を始めとして、アニメ関係者も多くが含まれている。
しかしながらこれ、手軽に発言が出来るという事はこれ以上なく自分の性格が出せるツールという事でもあり、俺がこの記事でさんざん言ってきた事に反する事になるのだ。

ここではアニメ制作者に焦点を絞るが、単刀直入に言うと、彼らはツイッターをやるべきではない。
俺はツイッターをしてないので直接は知らないが、彼らはプライベートな事とか、普段は言えない業界の事とか、はたまた作品に関する話をボロボロ呟いているのだろう?

まったくもって言語道断である。
作品を作って消費者に提供する側の人間が、おいそれと素顔をさらしていい訳がない。
それに加えて、簡単に発言できる事から、言ってはいけない事までボロッと言っているという話をときどき耳にする。

ツイッターによってその人のキャラが見えてきてしまうと、作品を視聴する際にも変な影響が出かねない。
そんなの関係なく、頭をクリアな状態にして視聴に臨めればいいが、全員が出来る訳ないだろう。いい例が、平野綾である。これはツイッターがどういうではないのだが、彼女の性格の悪さとかそういうのが先行しすぎて、一時期平野バッシングが酷かった。演技力など完全に無視されていて、ツイッターでもこういう影響がないとは言い切れず、むしろ絶対あると俺は断言出来る。

中の人に求めるものとは
以上の事をふまえて、俺が中の人に求めるものは、声優・俳優ならば演技力、制作者なら作品の質である。それらのみ、と言っても過言ではない。

それ以外は求めないし、いらない。
今後も事あるごとに、この事を言い続ける事だろう。願わくば、「中の人」と呼ばれる人達やそれに関わる人達がこの記事を見て、何かしら考えてほしいと思う。

余談だが、俺は「サイン」というものにも興味がない。
有名人などのサインはとても貴重なもので、もらえば嬉しいものだろうが、俺は大して嬉しくない。

声優ならばいい演技、制作者ならいい作品、またアーティストならいい音楽、スポーツ選手ならいいプレイをこちらに提供してくれる事が、サインをもらう事より何倍も嬉しい。

最後に
いろいろと強い口調で書いてきたが、これは俺の意見であり、必ずしも正しいとは限らない。
また、俺自身はこう思っているが、声優などの事をもっと知りたい、などの心理もきちんと理解している。ツイッターは嫌いなどと言ったが、業界人などが発する情報などにはものすごい魅力があり、日々ツイッターをやる誘惑と戦っていたりする。

本当は反対意見についてもフォローする予定だったのだが、この記事を書いているのが深夜でもう眠いのと、最後に注釈入れておけば理解してくれるだろうなんて浅はかな考えから、書かない事にする。

そして、書きながら思った事なのだが、俺も「中の人」に当てはまるのだなぁ、なんて。
ブログ活動は営利目的じゃないので、厳密には違うのかも知れないが。
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