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ギルティクラウン

ギルティクラウン phase22(最終回)「祈り convergence」 感想!

ギルティクラウン、最高でした。

 
 
 
予想外だけどしんみり
僕の感想を簡潔に言うと↑こうなります。
考えていたのとはだいぶ違う結末、でもこれはこれでいいと思えました。

涯は、マナを解放する事が目的だったのですね。
解放というのは抽象的な言葉ですが、マナにイヴという役割をして欲しくなかったのでしょう。
進化と淘汰の鍵を握るマナ。涯はそのアダムとなるための実験体の一人でしたが、施設を逃げ出した先で当のマナと出会ってしまい、しかし恋に落ちた。

12話で集に刺された時、涯は「これでマナが解放されると思った」そうですね。僕もてっきりそう思っていました。「マナを解放する」という目的はこの頃からすでに見えていて、ここ最近ボカされていたのが、再び焦点を結んだ感じになっています。
しかしダァトはマナの消滅を許さなかった。
普通に消滅させるだけじゃ、どうせまた復活させられる。
ならば、その役割を全うさせるまで。
なるほど、だから自ら悪役となっていたのですね。そして、役割を全うさせる過程で、きっと集が来てくれるだろうと。

「一足遅かったな」と涯が言う時、少し悲しそうな表情をしていました。いのりがマナになってしまって、この時点で涯の思惑も潰えていた事になるのですかね。たぶん、あのまま黙示録が終了していれば、マナが消滅するという事はなかったでしょうから。

まぁ、その辺の是非は比較的どうでもいいのです。
前回すっかり書き忘れたのだけど、僕は前回すっっっっっっっげぇ好きなシーンがあります。
それは、いのりが涯に集への想いを語った直後。マナへの転生が進み、ほとんど結晶に侵されたところでいのりは記憶を失ってしまいます。そして、「集って誰……?」とつぶやく。
その時の涯の言葉が素晴らしかった。

「お前の愛した男の名だ」

一瞬の事でしたが、涯が集といのりをちゃんと想っていた事が分かる、そしていのりの集への想いがとても強かった事が再確認できる最高のシーンでした。
今回の話を見て、このシーンを思い出しました。

ダァトの思惑は、「淘汰と進化」でした。
僕はずっと不思議だったのです。確かに進化の歴史は、淘汰と進化の繰り返しでしたが、同時にポンと起こるものではありません。徐々に入れ替わるか、突然変異を起こすか、大量絶滅が起こるか。
まぁ生物学は詳しくありませんが、ダァトはどうもこの淘汰と進化を一緒にやろうとしているような言い方をしていたのですね。

これも、なるほど納得がいきました。
マナの力を使って全ての人類を結晶化させる。これが淘汰ですね。ホモ・サピエンスという種が滅ぶ訳です。
しかし同時に、その結晶はヒトの思考そのもの。
難しい事を言っているようですが、簡単な事です。動く肉体を必要としない、思考だけが生きるというプロセスになる、新しい生物。
滅ぶと同時に、進化する訳ですね。
なるほどこれは、「考える生き物」である人間が次のステージへ進むとこうなる、という面白い設定です。子孫を残す事ではなく、そのままの姿で進化する事でなしえる「淘汰と進化」
あまりに劇的ですが、『ガンダムOO』の純正イノベイターのようなものですかね。

しかし、集はその世界をよしとしなかった。
これは当然ですね。結晶化するという事は、肉体がなくなるという事。そうなると、もう好きな人を抱く事もできなくなる。

だから集は、進化を止めました。「強さも弱さも全て引き受ける」ヴォイドで。
涯は「ヴォイドは進化の前触れだった」と言いました。そのシステムもよく考えられていて感服ですが、つまり、APウィルスと人の心の中にあるヴォイドを全て消し去ってしまえばダァトのたくらんでいた淘汰と進化は起こり得なくなる訳です。

「それだと集が死んだら全人類が死ぬんじゃね?」とちらっと思ったのですが、そこでいのりの出番なのでした。
いのりはマナとは逆で、APウィルスを消し去る力を持っていました。APウィルスとヴォイドは元は同じものですから、APウィルスを消せるという事はヴォイドも同じように消せるはず。
という訳で、集が引き受けたウィルスとヴォイドを、いのりが全て消し去ったのでしょう。

たぶん、そのせいでいのりは肉体を保持できなくなった。
しかし、これは僕の予想でしかありませんが、いのりは集の中で生きているのでしょう。
いのりの中にマナがいたのと同じ感じで。
いのりが自分の意識?魂?を集の中に移動させたのが、あや取りのシーン。いのりは自分が存在を保てなくなる事が分かったので、あや取りを介して魂を集の中に移動させたのですね。

結晶が弾けたシーンでは「え? どうなってるの?」という感じでしたが、A FEW YEARS LATER(数年後)でなるほどストンと落ちました。
集が「Departure」を聴くと、そこには抱き合う集といのりの姿が。
このシーンが最高にイイ!!

マナがいのりの中にいてもいのりが認識できなかったように、集の中にいのりがいるとは言っても、普段から「中にいる」という事を感じる事はないのでしょう。

しかし、いのりの歌を聴いている時だけ、そこにいのりがいる事を感じられる。

ステキじゃないですか。ずっと寄り添って生きていける訳ではなく、「ずっとそばにいてね」といういのりの言葉も、目に見えては実行できないのですが、歌を聴けばそこに感じる事ができる、というのはとてもステキに思えます。

ラストカットのいのりの笑顔も最強に可愛い笑顔でした。
これからもいのりは、集の中で一緒に生きていくのでしょう。いいラストでした。

その他いろいろ
一つすげぇ気になるのが、綾瀬の「すごく楽しみにしてたんだから」「みんなは久しぶりよね」というセリフ。
……まさか集と一緒に暮らしている?w
同棲か、結婚か。
いやまぁ、いのりがいるのになんで綾瀬となんだよ!とは思わないけど、でも気になるわぁ。

今回は作監大量投入の最終回らしい最終回。絵コンテに監督も参加し、映像面はもうヨダレ垂れまくりの最高の出来でした。
特にキャラの表情一つひとつが、さらに特にいのりの表情がもう最高の一言です。第1話からずっと美麗な作画で魅了してきてくれましたが、最終回はそれに輪をかけて美しかった。近年でもそうそう見られない美しさだったと感じます。

数年後のあの集会は、ハレの誕生会ですね。一年に一回仲間が集まる日としてはいい感じのチョイスなんじゃないでしょうか。死んだ人間の誕生日を祝う、というのは人によっては変に見えるかも知れませんが、たぶん彼らはそこまで「誕生日」を意識してはいないでしょう。だから最初の掛け声が「誕生日おめでとう」ではなく「乾杯」だったのでしょうね。ハレの誕生日を選んだのは、死んでしまったけどハレも俺たちの心の中にいるんだぜ、という事を忘れないように……くらいの意味でしょうね。

総評
最終回なので総評を書かないとね。

結局、最初から最後までいろいろツッコミを受けまくっていた作品でしたが、僕は最初から最後まで最高に楽しませてもらいました。

第1話との出会いは忘れられません。
荒木哲郎監督、シリーズ構成は吉野弘幸と大河内一楼のギアスコンビ、I.G制作、加藤裕美キャラデザ、総作監に門脇聡の参加、そしてオリジナルアニメ……と、僕の心をくすぐる要素が最初から目白押しでしたが、その期待を遥かに上回る映像クオリティと、予想以上に心を揺さぶる音楽・音響、そしてワクワクさせる話運び。
これはとんでもないアニメに出会えたと感じたものでした。

その思いは今まで絶える事なく、最後まで勢いを殺す事なく突っ走ってくれました。
近年でも、ここまで楽しめたアニメはそうそうなかったと思います。
毎クール、僕は何かしらのアニメに(時には複数作品)めちゃくちゃハマるのですが、ここまでハマったのは久しぶりでした。Angel Beats!以来かも知れません。
BDを買えなかったのが残念でたまらない。パソコンを新調するためには仕方なかったんだ……

このアニメって、独特の文脈を持っていると思うのです。
吉野弘幸が脚本を書くオリジナルアニメは何かしら批判を受けやすくて、このアニメもそれに漏れなかった訳ですが、その中でも異質だと感じています。

その特徴として、ストーリーを支えるかなり大部分のところをわざと隠しているのです。
もっと分かりやすく言うと、視聴者に対して優しくなかった。

優しくなかった、とは言いましたが、それが悪い事だとはこれっぽっちも思っていません。
アニメはしばしば、分かりにくい事が批判対象になりますが(エンターテインメントである以上その批判もまたもっともです)、僕はこうやってブログを書いている人間、あれこれ考えるのが大好きなのですね。
例えば小説だと、やたら難しい話があったりする訳です。ただ読んでいるだけでは理解が追い付かなくて、必死に考えないとストーリーが理解できない。しかしそれはマイナスポイントではなく、読者はあれこれ考えるのが正しいのですよね。

それと同じで、ギルクラも、視聴する際はがんばって行間を読む必要がありました。
セリフの間間にあるキャラの心情を想像する。描写されていないところまで予想する。これはこういう事かもしれないと仮定して次へ備える。
そうしないと理解が追い付かない。さらにギルクラは、そうしても追い付けないところすらありました。

最終回なんかその典型で、セリフの行間に意味を隠すだけじゃなく、本来隠してはいけないところまでを映像へ丸投げしていました。だから、映像からストーリーを読み取る必要があった。
大変でしたよ、僕も。↑に書いた事を理解するのに大変な思考力を要しました。

だからといったら変ですが、感想ブログを回って散々な評価が並んでいても、もう楽しむのを諦めてしまって最初から楽しむ気のない傾聴に値しない意見が転がっていても、あまり気になりませんでした。普段だったらチクショーと思うところが、そうでもなかったのです。
たぶん、「俺だけがこの作品の面白さを知っている」という独占感があったのでしょうね。普段から僕は「楽しめたもの勝ちだ」という事を言っていますが、ナチュラルにそう感じたのはもしかしたら初めてかも知れません。

本当は今回、「もす!」初の試みで、記事を投稿する前に感想ブログを回って新たに何か書こうと思っていたのですが、感想書いてたらなんだか馬鹿らしくなってきました。僕は僕が楽しめたならそれでいいじゃないか。いい気分のまま記事を終わりたいと思います。
これから感想ブログを回りますが、僕と同じく、むしろ僕以上にいい事書いてるブログもいくつかあるので、そういうブログを楽しみにするぜ。

ギルティクラウン、全22話、とても面白かったです。
僕は最初から最後までいのりに夢中でした。力の入った表情の作画にも毎回ほれぼれでした。
綾瀬やハレ、ツグミなど、周りを固めるヒロインも魅力的な子が多くてよかったです。
僕は普段から、「もっと日常を見たいと思わせてくれるアニメはいいアニメだ」と考えています。集たちの日常をもっと見たいです。

ギルクラ最高。今夜はDepartureを聴きながら眠るとしよう。
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-12 Comments
ひろ ""
神酒原さんはすごく楽しまれたようですね。
俺は…どうかなぁ、最終的な評価は中の上の下…といったところです。

この作品の演出、音楽、作画などは、今まで観た作品の中で間違いなくトップクラスだったと思います。
オリジナル作品ということを鑑みれば尚すごい。

ただ、キャラの掘り下げや、伏線の回収が「えっ?」となってしまうようなところだったりがあって、それがこの作品の評価をどうしても落としてしまう。
例えばつぐみと敵エンドレイヴのパイロット(名前なんだっけ?)とのフラグは結局回収されなかったし、腕を切断されて「僕の王の力がああああ…」は、やっぱりおかしいW
最終回でくらい、ハレのことを思い出してほしかった(ラストのケーキはハレの誕生日用みたいだけど)。

他にも、ヴォイドの使い方にひねりがないなあとも感じました。
デスノートや今期の未来日記のように、既存システムを応用した、視聴者をアッと言わせる展開が欲しかったですね。オリジナルアニメには『意外性』が高く評価されますし。
特に未来日記は、主人公のキャラがギルクラと似ている部分がかなりあって、ついつい比較してしまいがちです。

あとは…放送前の期待が大きかったのが、今回は逆にデメリットになってしまったのかなと。
この作品は、秋アニメ期待度ランキングでは一位、まどマギのように事前情報を減らすのではなく、あえて前面に押し出していました。
それは悪いことではありませんが、過剰に期待が膨らんでしまった。

…とはいえ、この作品には優れた面もありました。
ただ、魅力的な設定を完全に活かせていなかったのが非常に惜しかったです。
ニトロプラスから出る『ロストクリスマス』に期待したいところ。本編とは随分気色の違う内容になりそうです。

結論:もう綾瀬ENDでいいんじゃないかな
2012.03.24 06:19 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">ひろさん"
レスが遅れました、すみませぬ。いつもながら、ちゃんとしたレスをするためでございまする。

中の上の下……まさかの27段階評価w
僕はどうだろう。僕は明確に点数化できる評価の仕方はあまり好きじゃないのですが、あえて言うなら上の上の中でしょうか。満点じゃないのは、ただのフィーリング。

>例えばつぐみと敵エンドレイヴのパイロット(名前なんだっけ?)とのフラグは結局回収されなかったし
ダリル坊やでございますw
これはちゃんとストーリーになっているのですよ。学園祭の時にフラグを立てましたが、その時に注目すべきは「もやしっ子」というツグミのセリフでした(それに注目すべきだったと分かるのは、今回)。ダリルは平気で人を殺せるような人間ですが、父親を殺す時は葛藤してましたよね。おそらくその時に、絶対に非情になろう、と思ったのでしょう。しかし学園祭の件を経て、どうもツグミの事が気になってしまう。そしてそのあとツグミが葬儀社のメンバーである事を知り、悩む訳です(悩んだ描写はありませんでしたが、この辺が記事で書いた「行間を読む」という作業になります)。そこでダリルが出した結論は、「あのちんちくりんを殺さないと僕は非情な人間になれない」というもの。だから今回、「僕は皆殺しのダリルだ!」と言いながらツグミの操る綾瀬エンドレイヴを攻撃したのでしょう。しかしツグミの返答は、「いいえ、あなたはもやしっ子よ!」。結局ダリルはツグミを殺す事ができず、最後はローワンに救われてしまいます。彼もどこかで人生を間違え、矛盾を抱えながら生きてきた人間なのでしょう……というのが、ダリルの物語。ここまでを頑張って読み取れば、ツグミとダリルのフラグもしっかり説明がつく訳です。

>腕を切断されて「僕の王の力がああああ…」は、やっぱりおかしいW
これはその通りおかしいのですよ。腕を切断されてこんな事言うのはおかしい、という事を描写するのがそのシーンでした。
どういう事かと言うと、集はこの時ヴォイドを壊せばその人も死ぬという事実を知って暴君に成り下がっていた頃で、いのりを除けば、ヴォイドゲノムの力だけがその自我の支えでした。だから右腕を切断された時、王の力が奪われた事こそに絶望の声を上げたのでしょう。だからここは、「いやいや集さんおかしいだろ」という感想で正解。むしろ「右腕がぁぁぁぁぁ……」と叫んでいたら、「あ、集さんまともやん」と、今までの集の描写と矛盾が生じてしまいます。

といったように、説明ができちゃうのですよ。ストーリーが破たんしている、という感想もちらほら見かけたのですが、破たんしているなんてとんでもありません。
ただ、分かりにくくなっていたのは記事でも書いた通り事実で、僕の説明を見ても「いや、でももう少し描写が欲しいよ」と思うのであれば、それはその人の感想なので、僕がとやかく言うところではありません。
でも、ハレに関してはラストのあの描写で十分では?w むしろあれ以上に言及されると、僕としては「死人をそんなに思い出したりせんやろ」となってしまいそうです。

>オリジナルアニメには『意外性』が高く評価されますし。
オリジナル性・意外性について言及するなら、これはだいぶ個人の感覚に左右されるところだからなぁ。
ヴォイドについてひねりがあったかなかったかで言えば、むしろ僕はひねりまくっていた印象ですよ。特にこれという理由はありませんけども。
デスノートほど効果的に使用してはいませんでしたが、そもそもデスノートほど効果的に使用するような設定でもないし。

>あとは…放送前の期待が大きかったのが、今回は逆にデメリットになってしまったのかなと。
これはねぇ、作品が面白くなかった時に使うユーザーの悪い言い訳なのですよ。
これは極論で言えば、相対評価になっているのです。例えば期待度、満足度をメーター化してマックスを10にするとします。放送前の期待度が大きい、つまり最初はメーターが10ある訳ですね。ところが実際の面白さは、例えば6だった。この時、期待度から満足度への推移がマイナス4になっています。これでは楽しめる訳がない。
じゃあ最初の期待度が5であればプラス1面白く感じられたのか、という事かと言えば、そういう事じゃない。そもそも期待度と満足度を同じメーターで測るのが間違いなのです。
満足度は、絶対評価で出すべき。事前の期待度が高かった事を、自ら不必要にハードルを上げた事の言い訳にしてはいけません。
もちろん、「面白くなかった」という感想を否定する訳じゃありませんよ。面白くなかったなら面白くなかったと言っていいし、どんどん発信すべきだとも思いますが、その言い訳として「事前の期待度が高かった」は理由にならないのです。

>結論:もう綾瀬ENDでいいんじゃないかな
くっついたくっつかないの話で言えば綾瀬でしょうけどねw
作品のテーマを考えたらちゃんといのりですよ。ハリー・ポッターで、ハーマイオニーENDと考えるかジニーENDと考えるかの違い。(ハリポタ見てなかったらすみません)
ジニーEND=綾瀬END、ハーマイオニーEND=いのりENDとなります。
2012.03.25 22:04 | URL | #- [edit]
ひろ ">神酒原さん"
>レスが遅れました、すみませぬ。
俺もわりと最近忙しいので問題ありませんよw

>腕を切断されてこんな事言うのはおかしい、という事を描写するのがそのシーン
なるほど、右腕に対する集の妄執を表現するためのセリフだったのですね。
しかし、作り手の真意はあんまり伝わってないんじゃないかなぁ…ネタとして言葉だけが先行してしまった印象があります。

それに、表現としては正直分かりにくい。
例えば、集が会長に裏切られる直前、ヴォイドを持たせた親衛隊を囮として突撃させて全滅する…というシーンがありましたよね。

観ていて「何日も熟考した結論が突撃かよ…」と半ば呆れたのですが、集の異常性をアピールしたいのなら、「くっ、僕は彼らを体のいい囮にしたのか…」というセリフではなく、冷静な作戦指揮をさせたり、腕切られた時にはいっそ高笑いさせたって良かった。

>その言い訳として「事前の期待度が高かった」は理由にならない
「ハードルを上げる」という言葉は主に売り上げ面で使われますが、これはあったのでは?
第一印象、ファーストインパクト、「いかに視聴者に作品を『一目惚れ』させるか」…人間相手ではなかったとしても、そういった人間の性質は変わらないはず。
観ていくうちにガッカリしたり、肩透かしを喰らったような気分になれば、「可愛さ余って憎さ百倍」ではないですが、ハナから期待していなかったよりもガッカリしてしまうものだと思うのですが…。

>ジニーEND=綾瀬END、ハーマイオニーEND=いのりEND
あ、わかりやすいw
ハリポタは原作全部読んで映画もほとんど観ているので(パート2だけ受験で観れてない)、十分議論できますよ。機会があればハリポタの話もしたいですね。

ギルクラの話からは外れてしまいますが、ジニーの所だけ切り取るとハリポタは一つのシンデレラストーリーになるんじゃないかなと思います。
となると…ローリング女史は「自分はハーマイオニーに似ている」と語っていたので、ひょっとしてロン派!?
2012.03.26 12:02 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">ひろさん"
>しかし、作り手の真意はあんまり伝わってないんじゃないかなぁ…
たぶんそうなんだろうなぁと僕も思っております。これが僕が記事で書いた「視聴者に優しくない」と言った所以でもあります。
これをその時点で読み取れると、集の心情の変化が分かって面白い訳ですが、そうでないとよくわかんなかったり変に見えてしまうのですね。
これは「あの描写はこうだった」という考察ではなく、感想の違いなのですよ。極論で言ってしまえば、メガネっ子が好きか嫌いかの違い。
ギルクラの場合は伝わった人が少なかった。その意味では、失敗とは言えるかもですね。
でもディスクの売り上げはよかった気がする。

>観ていて「何日も熟考した結論が突撃かよ…」と半ば呆れたのですが
これは僕も同じですw
べた褒めはしていても、どこも綻びがなかったとは思っていないのです。

>腕切られた時にはいっそ高笑いさせたって良かった。
でもこれは違うw
あの時集は、完全に余裕のない状態でした。頑張っては落とされて、這い上がっては転がされてという状態の中、高笑いなんて作劇としては絶対にありえないですよ。
一見滑稽に見えるからこそ、集の追い詰められっぷりが分かるシーンなのですから。ルルーシュなら高笑いしてもいいですけどね。

>観ていくうちにガッカリしたり、肩透かしを喰らったような気分になれば、
もちろんありますよ。だから、面白くなかったという感想はそれでいいのです。
でもそこで、「なぜ面白くなかったか」を考える・語る時に、「事前の期待が高すぎた(向こうが上げすぎた)」という理由を持ち出すと、それは相対評価になってしまいますよね。つまり、特に期待していなかった作品よりもつまらなく感じてしまう。
例え同じ面白さを持っていてもです。
もちろん、そう感じてしまう気持ちは理解しているつもりです。でもこれは、放送前の期待度をわざわざ話に出すという事は、「このレベルまではやってくれるだろう」という、自ら面白さの下限を上げる行為。
期待は期待でも、「面白そう!よーし楽しむぞ!」という期待の仕方とはまったくの逆です。
僕はこの「期待度の持ち方」について、小論一つは書けるような理論を自分の中に構築していますが、さすがにちょっとこれ以上は話が長くなりすぎちゃう。理解してもらえたでしょうか。

ひろさんはハリポタ読んでる、と。メモメモ。
パート2だけまだかぁ。僕はある一点だけ除いて、大満足でした。

>ジニーの所だけ切り取るとハリポタは一つのシンデレラストーリーになるんじゃないかなと思います。
シンデレラ……?
えーとw よかったら説明お願いしますw

>ひょっとしてロン派!?
ハーマイオニーに似ていると言っていたのですね。
なるほど、そうなると確実にロン派でしょうね。僕はそもそも、ロンとハーマイオニーがいい雰囲気になり出した時点で「これは作者の贔屓だな」と感じておりました。お似合いのカップルだとは思うけど、ハーマイオニーが「ハリーではなくロンを選んだ」明確な理由がないですから。
あれ、でも最終章は一巻執筆の時点でもう完成してたはず……。結局手直しはしたらしいけど。そうなると別の理由かな。
まぁなんでもいいやw
ハーマイオニーENDだったかジニーENDだったかと聞かれたら、ハーマイオニーENDだと思う神酒原でした。
2012.03.27 00:01 | URL | #- [edit]
ひろ ">神酒原さん"
>理解してもらえたでしょうか。
いろいろな期待の持ち方がある…ということについては、おおよそ理解できたと思います。
どちらがポジティブでどちらがネガティブ、という訳ではありませんが、俺は案外「ハードルを上げる」タイプかもしれない。
特にお気に入りの原作ものだと、ついハードルを上げたくなってしまうんですよねw来期だとFateとかAWがそんな感じですw

>よかったら説明お願いしますw
ジニーはハリーのことを『秘密の部屋』から(もしかしたら『賢者の石』から)好きでしたよね。
彼女にとってのハリーの印象は、『生き残った男の子』であると同時に、憧れの王子様でもあったはず。
途中それぞれ別の相手とくっついたりしたものの、最終的に最初の意中の人を射止めることができたジニーは成功者であると、俺は思います。

だからこの場合の『シンデレラストーリー』というのは、物語としての『シンデレラ』になぞらえているのではなく、『憧れの王子様を射止めた少女の話』という意味で使用しました。

『王子様願望』のような感情を心理学では『シンデレラコンプレックス』と呼びますが、それが実現した形とも言えます。
…まぁ、恋愛抜きにすれば『サクセスストーリー』と言ってしまうのが一番分かりやすいのでしょうけれどw

>最終章は一巻執筆の時点でもう完成してたはず……。
そうでしたね…一巻で仲良し三人組としての三人を出す時に、敢えてこのチョイスにしたのかもしれない。
というか、始めに書いたのが最終章なら、『ハリー×ジニー、ロン×ハーマイオニー』しかあり得ないのかも。他の登場人物は彼らの子供達とマルフォイくらいしかいなかったと思いますし…。

>ハーマイオニーENDだったかジニーENDだったかと聞かれたら、ハーマイオニーENDだと思う神酒原でした。
男二人女一人のパーティで、最終的に主人公の少年と紅一点の少女がくっついたのは『デルトラクエスト』とかかなぁ…と思ったけれど、よく考えたらもう一人が30過ぎのオッサンだったw(デルトラ知らなかったらすみません)
俺はジニー派です。ロンとハーマイオニーがいいカップル過ぎるのでw
2012.03.28 09:37 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">ひろさん"
>特にお気に入りの原作ものだと、ついハードルを上げたくなってしまうんですよねw
これが至極もったいないんだよなぁ。もったいないお化けが出ますよ。
なんつーか、ワクワク感を抱くまでは同じだと思うんですけど、そこからつながる視聴姿勢がなぁ。批評するために見るならそれでもいいのだけど、もっと自分から楽しめる方に考えた方が絶対いいヨー。ゼロにしろAWにしろ、まぁゼロは面白いのがほとんど確約されているようなものですが、ハードル上げるんじゃなくて、既読者にしかできない楽しみ方を実践していく方がいいヨー。

ジニーについての説明、納得しました。ジニーに主眼を置くのではなく、ジニーの視点に立っていたのですね。
初恋を成就させたのは、確かに作中でジニーだけだ。その意味では確かにサクセスストーリーですが、その考えでいくと、シンデレラストーリーとは少し違うと感じました。
例えば、2巻や3巻の時点で交際を始めたら間違いなくシンデレラストーリーですが、二人は付き合い出す前に神秘部での戦いを経験しているのですよね。つまり、直接描写はされてませんが、時を経る事によってジニーにとってハリーは王子様じゃなくなっているはず。見上げるだけの存在ではなく、共に並び立つ存在になったという事です。

>他の登場人物は彼らの子供達とマルフォイくらいしかいなかったと思いますし…。
話の転がり方によってはハリー×チョウENDもあり得ましたけどね。僕けっこうこのカップル好きだったので、ハリーがチョウを見限るシーンは本気で泣きそうになったw
まぁ、最終章があるからこのカップルはありえなかった訳ですが。

デルトラ知らないっすw
ロンとハーマイオニーは確かにいいカップルですが、ヴォルデモートを倒したあと、ハリーは真っ先にロンとハーマイオニーを連れ出したじゃないですか。しかも心理描写でジニーに触れておきながらw
このシーンがとても印象的で、「誰とくっついても、この物語は3人の物語だったんだなぁ」と思わされたのでハーマイオニーEND。正しく言えば、トリオENDですかね。
2012.03.29 19:29 | URL | #- [edit]
ひろ ">神酒原さん"
>既読者にしかできない楽しみ方を実践していく方がいいヨー。
ハードルを上げないでいるのはかなり難しいw
その作品が好きであるほど、「アニメではこれくらいやってほしい」という願望が出るのは仕方のないことだと思います。
既読者には多くの楽しみがありますよね。お気に入りのキャラやシーンが映像化されることもそうだし、内容を知っている分画面に集中できたり設定の理解も深かったり。

>時を経る事によってジニーにとってハリーは王子様じゃなくなっているはず。見上げるだけの存在ではなく、共に並び立つ存在になった
確かにそうですね。「今まで遠い存在だと思っていた相手が、急に身近に感じられる」…というのは、恋愛ものの中ではよく見かける形ですし。
…「並び立つ存在」という表現でとらドラを連想したのは俺だけでいいw

>ハリーがチョウを見限るシーンは本気で泣きそうになったw
できものの話でしたっけ?チョウはロマンチックだけれど、どこまでハリーに対して本気なのか今ひとつ分からなかったので、俺の中では微妙な印象。

…ああでも、映画のチョウはホント可愛かった…w
2012.03.30 01:33 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">ひろさん"
レス遅れました><

>お気に入りのキャラやシーンが映像化されることもそうだし、内容を知っている分画面に集中できたり設定の理解も深かったり。
そうそう、その強みをどんどん活かして欲しいんだよー。一から理解する必要のある未読者より遥かに楽しめる土台が整っているのですから、「アニメならこれくらいやってほしい」というのは贅沢極まりないです。

>…「並び立つ存在」という表現でとらドラを連想したのは俺だけでいいw
大丈夫、とらドラを意識して並び立つって書いたw

>できものの話でしたっけ?
できものが関わっていたかどうかは覚えてませんが、「必要の部屋」がバレるところです。本当はスネイプが真実薬使って白状させただけなのに、チョウが仲間を売ったみたいになってて、ハリー自身も急激にチョウへの気持ちが冷めてしまった。
ハリーもチョウも、「恋に恋してた」部分はあったと思います。そういう研究書を読んだ事がある。4~5巻は登場人物たちの恋愛がフィーチャーされた時期だ、って感じで。まぁ恋に恋してたから、どこまでハリーに対して本気だったかと聞かれたら、言うほど本気ではなかったでしょうね。ハリーもまた同じように。
2012.04.05 22:05 | URL | #- [edit]
用賀 ""
なんつーか、上から目線で議論してんのな
2013.05.13 03:23 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">用賀"
コメントありがとうございます。

用賀さんの言う「上から目線」がどの部分に該当するのか、はたまたすべてなのか、不明瞭です。文句は歓迎ですが、僕が反省も反論もしようのない文句はやめて下さい。
また、上から目線を責めるのは結構ですが、用賀さんのコメントもかなり上から目線に感じるのは、決して僕の勘違いではないはずです。ネットマナーの悪いところを凝縮したコメント、と言えば近いでしょうか。そういう方の意見は傾聴に値しませんね。
2013.05.13 09:55 | URL | #- [edit]
称賛します "タイトルなし"
素晴らしい解説でした。いのりと抱き合ってる最後のシーンとかなるほどそういう意味かーと思いましたし。(ただ思い出して切ないなあってなってるだけかとおもっていた)
しかし十九話とかの評価も書いてほしかった。いまさら書けって訳じゃないんですけどね。

たりなかった描写についてはかなりまともなことをいっている。これちょっといれればみんな納得しただろう……というところも多々ありました。「ぼくの王の力があああ!」

映像と音楽と演出が最高レベルのアニメとしての力をかなり引き出した作品でしたよね。しかし、脚本は微妙なのと、あとから謎は理由が明かされるけどあくまでそのときみた謎はただの違和感でついていけない展開にしかなっていない。そういう意味では脚本は……うむ

しかし、盛り上げがほんと凄まじかったので大好きな作品です。あなたのこのプログでギルクラ愛が深まりました。ありがとう
2016.11.18 03:32 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">賞賛しますさん"
こんな古い記事に、コメントありがとうございます!
そして、返信が遅れてしまって申し訳ありません。

僕もこの作品がとても大好きで、いろいろと内容を考えながらブログを書いておりました。
第1話からこの「好き」という感情がうまく働いて、作品の描きたかったところをいちいち拾う余裕があったのだと思います。描写が足りない、分かりにくいというのは確かにありましたね。それを差し引いても、僕にはめったに出会えないよい作品でした。

僕の記事が少しでも足しになってくれたなら、すごく嬉しいです。
2017.01.09 18:55 | URL | #- [edit]
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ギルティクラウンの感想です。 突っ走ったねー。
ギルティクラウン第22話「祈り:emergence」 最終回
・・これは最後までいのりと涯と集だけの物語だったのかもしれない・・・
ギルティクラウン 第22話(最終回) 『祈り convergence』 感想
傑作になれそうでなれなかった、惜しい作品。 ギルティクラウン 第22話(最終回) 『祈り convergence』 のレビューです。
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