氷菓 第19話「心あたりのある者は」 感想!
前後の文脈。
言語の面白さ
言語学を少しでもかじったことがある人は、今回のお話、なかなか面白かったんじゃないかと思います。
言葉の意味には、「意味論的意味」と「話者意味」があります。
意味論的意味とは、基本的にはその言葉そのものが持っている意味を指します。
アバンの折木のモノローグがものすごくいい例なのでこれを使いますが、
「本日は晴天なり」
の意味論的意味は、「今日の天気は晴れである」というもの。または、その主張、報告、周知。
しかしこの言葉は、折木が言った通り、別の意味を持つこともあるのですよね。「マイクテストをしているだけ」で、特に発言内容に意味はないと捉えることができます。
しかしこれは、文面だけでは到底辿り着けない意味。そこには前後の文脈、つまり「このセリフをマイクを持って言っている」という状況をかんがみた時、初めて「マイクテストをしているだけ」という意味が考えられるわけです。
折木は「運だ」などと言っていましたが、折木のモノローグでは状況を詳しく設定していなかっただけで、ほとんどの場合には正確な意味を当てることができるはずです。
他にも、例えば僕が友達に「『氷菓』すげぇ面白いぜ!」と言ったとします。
これの意味論的意味は「『氷菓』という作品は面白い」、またはその主張など。しかしこの主張を受けて、友達は「うん、そうなんだね」とだけ言う、なんてことはありません。「ああ、神酒原は『氷菓』という作品を自分に勧めているのだな」と思うことでしょう。
つまり、この言葉の話者意味は「お前も『氷菓』見ろよ」。
しかし文脈が違えば、例えば友達が「『氷菓』面白くない」と言った直後であれば、上の言葉の意味は推奨ではなく反論。
前後の文脈で意味が言葉の意味が変わるのが言語というものであり、また間接的表現を多用する日本語はこの傾向が非常に強く、面白いのですよね。「キジを撃ちに」なんて、その最たるものなんじゃないかと。
こういう「文脈から言葉の意味を判断する」というのは、我々は普段無意識にやっていますが、これは周り(文脈)から中心(言葉の意味)を分析しているのですね。
しかし今回のゲームは、「言葉から文脈を推論する」という、言語学上の分析とはまったくの真逆のもの。これは、99%以上の確率で不可能です。
まぁ逆の分析とは言っても、「呼び出しなのに繰り返さなかった」「放課後に放送された」という文脈は一応あるのですけどね。
しかしこれ以上の遠い文脈を推論してしまおうということで、状況に運がなければ、これはやはり不可能なのです。
簡単に言うと、
1+1=
という等式の右式を導こうとすると、ほとんどの人は「2」であると分かるはずです。これが一般的な分析ですね。しかし、
2=
という等式の右式は、まず解けませんよね。
ここに「登場する数字は2つである」「四則は加法である」「すべて自然数である」というヒント(文脈)が揃えば、右式は「1+1」であると分かりますが、そうでなければ無理です。
折木が今回やったのは、「登場する数字は2つである」というヒントのみで答えも残りのヒントも導き出してやろう、というもの。
折木はそのことが分かっていたから、千反田に今回のゲームを申し込んだのでしょう。
理屈はどこにでもくっつく。
2= という等式の右式を解くのに、上で挙げた3つの条件を自分で勝手に作り上げて「1+1」という答えを出しちゃうことはだれにでもできる。
しかしそれは「理屈をくっつけている」だけであり、真相からは程遠いことがほとんどです。
2=10-8かもしれない。2=2×1かもしれない。2=3+(-1)かもしれない。
つまり、折木にとって、折木の推論は外れても構わないのですよね。むしろ外れて欲しかった。
折木の推論が外れると、「折木はもっともらしい理屈をくっつけはしたが真相には程遠かった」という結果になり、折木の勝ちです。真に才能があるのなら、答えを外しませんからね。外すということは、今まで当てていたのも「運だった」と説明ができるわけです。
ところがこのゲーム、実はすげぇアンフェアだったりします。というのも、今言った通り折木のやったような推論は99%失敗しますから、始まる前から折木の勝ちだったのです。
「本日は晴天なり」が、本当にいい例です。僕は上で「詳しい状況が設定されていれば正確な意味を当てられる」と書きましたが、逆に言えば、詳しい状況(前後の文脈)が分からなければ、マイクテストをしているのか今日は晴れなのだと主張したいのかは分かりません。
そういう勝負を仕掛けたので、まず折木が勝つのです。折木はこれに、もっともらしい理屈をくっつけてしまえば、あとは真相は分かりませんから「ほらな、どんなことにも理屈はくっつくんだ」で終わればいい。
ところが誤算は、今回の状況に限り、校内放送の内容とほんのちょっとの文脈だけで内容の意味と残りの文脈まで当てることができたということ。さすがに「証拠」まではないですが、「根拠」はそろってしまったのですね。
そしてもう1つの誤算は、実際の真実が新聞に載る(公に真実が発表されうる)類にものだったこと。
これにより折木の推論が「当たっている」ことが証明されてしまい、ゲームは折木の負け、つまり「折木には推論の才能がある」ということになってしまいました。
折木のひっつけた理屈が本当に真相でも、別によかったのですよね。普通なら実際にそれが本当かどうか確かめる術はないわけですから、それが分からない以上、「どんなことにも理屈はくっつく」で結論づけることができるからです。しかし、分かってしまった。残念、千反田の勝ち。
まぁ、彼らは推論を進めていくうち、なにを目的にしていたのかを忘れてしまったようですがw
これにて、ゲームも流れてしまいましたね。結局折木は「折木奉太郎に才能がある」ということを証明されずに済んだので、勝ちではなくても、ドロー以上の結果が得られましたかね。
ひょうたんから駒、とは、また上手いことを言ったものです。目的を忘れてしまった折木の感想としては、これ以上なく面白いオチ。
とはいえ、折木が仕掛けたゲームは実際のところ、本当なら折木が勝つ以外にはなかったんです。
それなのに(視聴者側から見れば)折木が負けてしまったのは、作者が厳密に状況を設定し、「解けるようにした」から。
偶然に偶然が重なった、と言ってもこれは偶然が重なりすぎていますから、ここから得られた「千反田の勝ち」という結果は、作者のメッセージだと考えられますね。
つまり、「折木には才能がある」
また、作者からこの偶然を与えられたということで、「神に祝福された才能である」とも言えそうです。
千反田が可愛い
にしても、このお話はアニメ向きではないと思っていただけに、1話まるまるこれで持たせてしまったのは驚愕しました。
今回の絵コンテ・演出の小川太一は、非常にいい仕事をしましたね。『氷菓』から演出を始めた人ですが、他と比べても上手い気がします。
しかし本当に千反田が可愛かった!
今回は表情がころころと変わりましたね。喜んでみたり興奮してみたり照れてみたり意気込んでみたりジト目になってみたり。ジト目は摩耶花の専売特許だと思ってましたが、千反田がやるとものすごく可愛くてびっくりしました。摩耶花がんばれ……!
2人の関係の変化が丁寧に描かれましたね。
千反田が自分の席を離れて折木の隣に行く描写がありましたが、ここがすごかったです。今まではずっと2人をアップに映すカットが多かったところ、いきなり部屋全体を映す俯瞰の長回しになり、千反田の移動する様子が詳しく描かれました。つまり、千反田は普通なら隣の椅子に座ればいいのにさらにその間に入って折木の真横から覗き込む、ということを強調したのですね。
しかし今までなら、ここで折木が顔をのけ反らせて終わるところ。
千反田までが赤面したのは、僕にとっても不意打ちでした。なにこれ可愛すぎる……!
千反田も折木を男性として意識し始めたということで、もうニヤニヤが止まりません。摩耶花と里志のいない2人だけの空間だということも、上手く作用してますね。
次回と最終回は、恐らく千反田無双が続きます。
反対に21話は、摩耶花好きには見逃せないお話になるはず。
うーん、最後まで気が抜けないぜ!
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アニプレッション「こんなにも面白い『氷菓』の世界 第19話」は、8月28日の夜から深夜にかけて投稿予定です。第18話分もこの記事で言及します。
(8月29日23時10分)更新しました。合わせてどうぞ。
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参照推奨リンク
うっかりトーちゃんのま~ったり日記
かなり久しぶりの参照推奨w
いやぁ、これはいい記事です。必読です。また、僕と近いことを言っているのも親近感あって嬉しい。
つぶやき
今回の夏コミで頒布した『アニプレッション vol.3』、会場では予想外の売れ行きで早々に完売してしまい、買えなかった人たちも多かったと聞きます。
というわけで、「とらのあな」にて通販を開始しました!
ここでも売り切れた場合の再販の予定は聞いていません。次からのコミケには用意すると思いますが、2回目の通販は未定です。お早目にどうぞ!


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