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やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 第8話「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」 対話感想!

面白かった! 期待外れだったけど。

 
 
 
登場人物
酒原(さけはら):もう長いことこのブログに寄生している謎の人物。誤植から生まれた設定とかもうたぶんだれも覚えてない。最近は神酒原の方が頭が上がらないので酒原の方が本体なのではないかという噂が。
神酒原(みきはら):このブログの書き手。最近の橋本騒動には正直言って首を傾げている。なぜみんな本人の言っていることを曲解して、ないことばかり批判するのだろう? 発言の是非は置いといて、あれは完全にイジメだ。



  酒原 「どっちだよ」
神酒原 「え?」
  酒原 「面白かったのかつまんなかったのか」
神酒原 「違うよ、面白かったけど期待外れだったんだよ」
  酒原 「少しインパクトの強い言い方をしたらみんな続きを読んでくれるって思ってるだろ」
神酒原 「あらゆる文章媒体における常套手段じゃないか~」
  酒原 「…………。で? その心は?」
神酒原 「どっちから言う?」
  酒原 「面白かった方から」
神酒原 「超面白かった! なんというかね、なんだかんだ言ってこの作品って独特なんだよね。八幡みたいな主人公今までいなかったし、雪乃みたいなヒロインもなかなかいなかった。結衣ちゃんみたいなのはいたかもだけど」
  酒原 「おい」
神酒原 「でも僕は結衣ちゃんが一番好きだよ」
  酒原 「水着可愛かったもんな。具体的に言うと水着でそわそわするところが」
神酒原 「いや、水着はユキノシタさんの圧勝」
  酒原 「おいこら」
神酒原 「考えてみなよ、僕に限らずアニメオタクは美少女の水着なんて見慣れてるんだ。目が肥え肥えなんだよ。ビキニ程度じゃ立たない」
  酒原 「いや立つなよ」
神酒原 「確かに結衣ちゃんの水着もフリフリで可愛かったけどね。雪乃のあれ、どういう呼称をしたらいいか分からないけど、あれは雪乃のキャラとも完全にマッチしててオリジナリティもあった。120点だよ」
  酒原 「なるほど分かった。でも話題がずれてるぞ」
神酒原 「そうそう、独特だって話だね。だからまぁ、この雰囲気に触れてるだけでも楽しいんだよ。八幡の腐り思考とか超楽しいし。みんな可愛いし。日常シーンはバッチリすぎる」
  酒原 「ってぇと、留美ちゃんの部分が気に食わなかったと」
神酒原 「その通りだね」
  酒原 「具体的には?」
神酒原 「なんの解決にもなってないから。最低の方法を採る、というのはそれ自体はいいんだよ。よくないけど、あくまで手段だから。でも気をつけないといけないのは、この作品はエンターテインメントだということ」
  酒原 「……楽しませなきゃ意味ないと?」
神酒原 「そう。今回の方法、お世辞にも気分がいいものとは言えない。八幡の言い分に照らし合わせても、ボッチが悪くないのならあの子たちだって悪くないんだ。そこを胸糞悪い方法でぶち壊しにかかる。高校生が小学生を恐喝するってのは、冗談にしても笑えないことだ」
  酒原 「だな」
神酒原 「でも、結果が伴えばいいんだ。視聴者を不快にさせた分のカタルシスを用意すればいい。けど、どうだ?」
  酒原 「留美ちゃん結局宙ぶらりんだな」
神酒原 「その通り! もしかしたらこのあと、「あの時はありがとう……」「今までごめんね……」の流れになるかもしれない。でもそれは視聴者には分からないんだ」
  酒原 「カタルシスがないわけだな」
神酒原 「ああ。しかも今回の問題はここだけじゃない。留美ちゃんは脱ボッチをするかもしれないけど、結局は今までと変わらない可能性もある。それはまだいい。でも、あの子たちはどうだ? あの子たちは自分たちが助かるために一人を犠牲にしてしまった。留美ちゃんをハブにしていた以上に、「悪いことをした」という意識が植えついたはずだ。仲間を裏切ってしまった罪悪感は、時に裏切られた辛さよりも酷い」
  酒原 「今後あの子らの関係が壊れてしまうかもしれないと」
神酒原 「ああ。八幡の「小学生時代の友達なんて」の考え方とか、すげぇ共感できたんだけどなぁ。この作品ってなんで解決編になるといつも駄目になるんだろうね」
  酒原 「さぁ……」
神酒原 「他にもまだ言いたいことあるけど、まぁ文句ばっか言ってても仕方ないし、彩ちゃんについて語ろうか」
  酒原 「あれ、お前ご贔屓の結衣ちゃんは?」
神酒原 「なに言ってんの? 前回僕が言った通りじゃん、結衣ちゃん驚くほどなにもしなかったよ今回」
  酒原 「いやほら、留美ちゃんの様子を察して八幡を止めただろ。そうじゃなくても萌えポイントがいろいろ」
神酒原 「彩ちゃんに敵うとでも?」
  酒原 「……ごめんなさい」
神酒原 「彩ちゃんってほんと上手いキャラだよね。今回の朝チュン疑惑シーンは素晴らしかったよ。なにが素晴らしかったかって、服装だよね。男でも汗対策でシャツの下にインナー着けることはあるだろうけど、そのインナーが黒で、しかも寝間着用のよれよれシャツの襟から見えてるって、最高のシチュエーションだよ。しかもなんで彼は女の子座りしてんの? 朝チュンならぬ朝の一発されても仕方ないよ?」
  酒原 「おい下ネタやめろ、しかも彼は男だぞ」
神酒原 「愛の前には性別なんて低い壁さ」
  酒原 「さいですか」
神酒原 「川遊びのシーンも素晴らしかった。なんで彩ちゃんパーカーの前閉めてるの? そんなことしたら想像かきたてちゃうでしょ。水かけまくった上に間違って押し倒しちゃうよ。でもまぁ水着は雪乃が一位だけど」
  酒原 「なんでそこだけ少し冷静なんだよ」
神酒原 「でも仮装は彩ちゃんが一位だ。雪乃の雪女もすっげぇ似合ってたけど、僅差で魔女っ娘……魔法使いの彩ちゃんが可愛い」
  酒原 「結衣は?」
神酒原 「ただただあざとい。67点」
  酒原 「リアルな数字だな……」
神酒原 「次回はどうやら結衣ちゃんのターン! 楽しみで仕方ないぜ!」
  酒原 「お前は楽しそうで羨ましいよ」



コメントをいただき、記事内容に足りないところがいくつかあったことが分かりました。
コメレスにて補足になっていると思います。記事をご覧になった方はコメ欄も一緒にどうぞ。

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-14 Comments
名前を入れてください ""
ご批判の内容は、
①「何の解決にもなっていない」こと
②「視聴者を楽しませなかった」こと
③「あの子たちの関係が壊れてしまう」こと
でしょうか?私の誤読でなければ、若干補足が必要に思いましたのでコメントします。

>①について
作中でも言及されていましたが、あの作戦の目的は「問題の解消」(留美が一人はぶられる状況をなくすこと)で、「問題の解決」(差当り「留美に友達ができる」ことでしょうか)ではありません。

>②について
結局個人の感性の問題に帰着しますが…私は「他人を貶めることで繋がるような欺瞞をぶち壊す」こと、「欺瞞と知っていて、それでも助けようとした留美の行動」にカタルシスを感じました。
どんな理由であれ、小学生を脅す行為に正当性がないのはもちろんで、だからこそ「最低の方法」と評されたのでしょう。

>③について
まさに、「人間関係を壊す」ことを手段としたわけですから、もちろん最初からそのことは織り込み済みです。留美をはぶっていた子達にも同情の余地がある、というのには同意します。…が、彼らの友情が本物であれば、あの場面で結束したり、あるいは自ら進んで犠牲になる展開もありえたわけです。結局、それすらできない程度の友情だったのでしょう。

管理人さまが「みんな仲良く」の結末を望んでいたのであれば、確かに期待外れだったのでしょうが…そうならないからこそ、この作品が唯一無二の魅力を持っているわけです(と私は思います)。
長文・乱文失礼しました。
2013.05.24 10:21 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">名前を入れてくださいさん"
コメントありがとうございます。
以前、川崎さんの件でコメントをくれた方ですかね?
内容に関して、その三つの通りで間違いありません。

>あの作戦の目的は「問題の解消」(留美が一人はぶられる状況をなくすこと)で、「問題の解決」(差当り「留美に友達ができる」ことでしょうか)ではありません。
そういえば、記事では「解決」という言葉を使ってしまいました。今回の言葉遊びの最大のポイントだったので、少し言い方が違ったかもしれません。ご覧の通り、行き当たりばったりでバーッと書いておりますので……。

確かに、「解消」という観点に立てば、八幡たちの作戦はコンセプト通りに進んだのだと思います。
でも僕は、これは2番にも絡んできますが、方法がやはりよくないなぁと。作中で「最低」だと言ってますが、なんだか「自分で最低って言っておけばいい」という免罪符的な意図を感じますし、他人の人間関係を勝手に壊すだけ壊してあとは放置です。
「あとはあの子たちの問題」とまとめれば綺麗に見えますが、小学生にとって高校生があんな恐喝をしてきたら相当の恐怖です。まぁ八幡の意図としては「ドッキリ大成功」風に登場してごめんねと謝るつもりだったようですが、留美ちゃんの勇気ある行動があったせいでなんだかそれも有耶無耶になってます。留美ちゃんが悪いのではありません。八幡の「最後の登場」は、絶対に必要なプロセスのはずです。
総じて、問題を放り投げすぎです。これが万が一悪化した場合、あちこちに迷惑がかかる大問題になる可能性もあります。八幡の言う「簡単に変えることはできない」世界を壊すというのは、それだけ責任のかかることです。

>結局個人の感性の問題に帰着しますが…
確かにその通りです。記事の書き方は、もう少し主観を強調すべきでした。

>「他人を貶めることで繋がるような欺瞞をぶち壊す」
留美ちゃんの行動は確かにカタルシスがありましたが(その上で僕は「足りない」という評価です)、これはどうだろう。あの子たちのグループが留美ちゃんをハブることで成り立っていたかどうかはまったく語られていませんし、そもそもこれは林間学校なので、グループを組む過程でたまたま一緒になった、つまり普段はあの子らだけで普通につるんでいる可能性の方が高いです。
まぁこれも結局は可能性ですけど、あの子たちのつながりをぶち壊す正当な理由はないように感じました。

>が、彼らの友情が本物であれば、あの場面で結束したり、あるいは自ら進んで犠牲になる展開もありえたわけです。結局、それすらできない程度の友情だったのでしょう。
前述したことと被りますが、「彼らの友情が本物であれば」を試していいほど八幡たちに責任能力はありません。
また、これは個人的な感性にもよるでしょうけど、今回の恐喝は結束したり自らが犠牲になったり……という「勇気ある行動」を許すレベルではないと僕は感じています。また、八幡の方もそのことを意図していたフシがあります。だから「人間関係を壊す」のが目的なのでしょう。八幡としては留美ちゃんのフラッシュ攻撃も誤算なのですから。そして繰り返しになりますが、これはやりすぎです。

>そうならないからこそ、この作品が唯一無二の魅力を持っているわけです(と私は思います)。
魅力かどうかはいったん置いといて、それがこの作品のテーマなのだろうとは思います。
そして、そのテーマに関わってくるようなエピソード(記事では「解決編」とまとめてます)は、今のところテーマに見合った魅力を発揮しているとは、僕は思っていません。

長文コメントは嬉しいです。
記事は確かに不足なところがあったので、少し注釈を入れておくことにします。
2013.05.24 14:44 | URL | #- [edit]
名前を入れてください ""
>以前、川崎さんの件でコメントをくれた方ですかね?
あ、覚えておられたようで恐縮です。それ私です。

自分は八幡に感情移入しまくっているクチなので、貴サイトの記事タイトルに釣られて(笑)ROM専なのについコメントしてしまいました。

管理人様はブロガーの中でも奥深い記事を書かれる方だと認識しております。今後も楽しく拝読させて頂きますね。
2013.05.24 15:31 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">名前を入れてくださいさん"
やはりそうでしたか。結局二回ともほぼ反論に終わってしまいましたが、コメントをくれたことにより、僕自身もより深く考える機会を頂けました。

>貴サイトの記事タイトルに釣られて(笑)
ん? タイトル?
どのあたりの話でしょう。冒頭文かな。

>管理人様はブロガーの中でも奥深い記事を書かれる方だと認識しております。
ありがとうございます!
なんかすみません、『俺ガイル』の方はこんなふざけた記事で……w
2013.05.24 15:37 | URL | #- [edit]
ユキマツ "俺ガイル 8話"
はじめまして

今回の俺ガイルの感想は個人の価値観でわかれますね。
確かに今回の奉仕部+リア充組による留美ちゃんの救済ではなく、八幡個人の世の中に対する憎しみをぶつけただけの様な感じがしました。
八幡は結衣の好意を避ける理由の一つに彼女がリア充組からはずれボッチ側になることを望まないということがあると思います。まともな人間なら他人までボッチになることを望まないでしょう。しかし、今回はその憎しみのあまりかそのことを忘れ留美ちゃんの気持ちを考えずに外道な作戦を実行してしまいました。やはりそこは高校生の青さもあるかもしれませんね。

ただ、自己満足で最悪な手段だったのは彼自身わかっていたと思います。それでもあえて世の中の空気に反骨した八幡に対してはなかなかロックな奴じゃないかとかっこよく見えました。www
稚拙な長文失礼しました。
2013.05.25 22:25 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">ユキマツさん"
初めまして、コメントありがとうございます。

>今回の俺ガイルの感想は個人の価値観でわかれますね。
そうですね、僕もコメレスにて「主観を強調すべきだった」と書いたように、「どこまでの描写が許せるボーダーラインか」ということは個人の価値観によるものだと思います。今回の作戦が「まぁどうにか許せる」ならテーマに沿ったいいお話に感じるでしょう。と言っても僕は作戦の「最低さ」については弁解のしようがないくらい駄目だったという評価なんですけども。

ただ、恐らく僕の意見に賛同してくれた上でのコメントだと思うのですけれど、恐縮ながらいくつか反論させてもらいます。お互いの意見をすり合わせてより深い理解を得るためのプロセスだと思って読んで下さい。

>八幡個人の世の中に対する憎しみをぶつけただけの様な感じがしました。
僕の評価としては、八幡の動機自体に関してはなんら不満を抱いていません。ただ方法があまりにクズすぎて、そして恐らくそれは「ギリギリ許せる範囲」のつもりで作られているので、作者(もしくはアニメスタッフ)に落ち度がある問題だと捉えています。

憎しみ、という点に関してですが、八幡が世の中に対して憎しみを抱いているかどうかについて、僕は否定的です。小学校、中学校時代にされた仕打ちや状況を思い出しては「ちくしょう」と愚痴っていますが、どちらかというと自虐ネタとして使っている風がありますし、「負けることに関して俺は最強」など、ネガティブなんだけど今の自分をわりと肯定している面もあります。
諦めてる、と言うと近いでしょうか。留美ちゃんの件も、ちゃんと彼女のことを考えた上で(彼の考える)最良の方法を採ったのだと僕は思います。俺たちが彼女にしてやれるのはこれくらいが限度、という観点で考えるとそれなりに納得できる方法ですし。僕はその上で、作者orアニメスタッフが大風呂敷を広げた上でまったく畳めなかった、という評価です。

>ただ、自己満足で最悪な手段だったのは彼自身わかっていたと思います。
罪に無自覚なのは確かに問題だけど、では自覚していたら許されるのか、というとそれは違うと思います。極端な話ですけど、大人しく自首しようが最後まで否認しようが罪は罪であり、裁判で裁かれて罰を受ける必要があります。前の方へのコメレスで「免罪符的なものを感じる」と言ったのはこれが理由です。

>それでもあえて世の中の空気に反骨した八幡に対してはなかなかロックな奴じゃないかとかっこよく見えました。www
せっかくこういう感想ですので、あまり反論したくはないのですが、一応「僕」の意見として……

八幡はよく目の前の事象を一般論と照らし合わせて考えますし、今回もそうでしたが、でも八幡が今回手を出したのは「一般」(世の中)ではなく「小学生」です。
とは言っても、八幡は別に小学生に手を出してどうこうしようとは考えてなかったので、この点に関して僕はニュートラルな気持ちです。今回の件であれば、留美ちゃん周りの問題をボッチ視点から一気に解決、「解消」ではなく「解決」まで導くことができれば、それはあまねく一般論に対してアンチテーゼとなりうるので、ロックだなぁと言えるかと思います。

ただ僕は、雪乃や結衣という美少女がいながら彩ちゃんを愛してやまない八幡がすごくロックだと思いますw

コメントありがとうございました。
なんだかほとんど反論してしまってすみません。こうやってコメントで意見をくれて、その方と語り合うのがすごく好きなので(そのためにブログやってると言っても過言じゃないですw)、ブレーキをかけられないのです。あくまで対等な議論のつもりですので、不快に思われていなければ幸いです。
2013.05.26 00:14 | URL | #- [edit]
にぽぽだい "長文失礼します"
初めまして。よろしくお願いします。
ユキマツさんと、「名前を入れてください」さん(以下「名無しさん」)に共感を表明したくて、書き込みました。
やっはろー。
ここにも、俺ガイルは、ここ数年来でも随一のカタルシスを味合わせてくれる、最高のエンタテイメントだと思っているファンがいますよ。
 
管理人の神酒原さんについては……
名無しさんのご指摘の通り、ブログの記事を拝見する限り、大変思慮深く感性豊かな方だと、私も思う。
にもかかわらず「八幡が世の中に対して憎しみを抱いているかどうかについて、僕は否定的」とか「留美ちゃんの件も、ちゃんと彼女のことを考えた上で(彼の考える)最良の方法を採ったのだ」とか、書かれている。
あの研ぎ澄まされた脚本と、江口拓也さんの熱演を御覧になって、なお、そんな感想を持たれておられる。
そういう方もおられるのだなぁ、と、しみじみ感じ入っています。
 
名無しさんもユキマツさんも書かれている通り「個人の感性」「個人の価値観」の問題で、もうこれはどうしようもないことなのは分かるんですけど。
我らがヒッキーこと比企谷八幡は、どっからどうみたって、明らかに、ワルモノじゃないですか。
蝶人パピヨンとか、裸エプロン先輩の分類でしょう。腐った目といい、気持悪さといい。
それが、ホムンクルスでも過負荷でもない、単なる平凡なガキに過ぎないから、世界を焼き尽くさんばかりの憎悪もごまめの歯ぎしり、そこが滑稽で、俺ガイルの笑いどころなんだと思う。「心の魔王平口君」的なセンス。
彼は物凄くエゴイスティックでピュアなロマンチストだから、本当に意味で誰かを思いやったりしないし、そうしたいとも思っていない。
何より、そうすべきだと思っていない。
神酒原さんは「どこまでの描写が許せるボーダーラインか」とか「自覚していたら許されるのか」みたいなことを問題にされておられるんだけど、比企谷八幡は、誰かに許してもらおう等とは、全く思っていない。
むしろ、善意と優しさを根拠に「これは許せる」「あれは許せない」などと裁く、そういう倫理観にこそ、唾引っ掛けて中指を立てようという男だ。
 
八幡は、鶴見留美に、かつての自分を見出した。その思いが的を射ているかどうかは、全く問題ではない。
そして、かつての自分がしてもらいたかったことを、全く身勝手に行なった。
それを悪事だと、絶対に確信すればこそ。
何故か。
世界に怒りをぶちまけるためだ。正義のお題目を嘲笑い、呪うためではないか。
もっと具体的には、葉山を傷つけるためだ。「みんな仲良く」となんら具体性のない理想を口走り、「可能な範囲で」と、自分の無策を糊塗する気満々の、この優等生。
彼が心底、善良で、親切で、気持のいい男なのは、疑いない。彼がそんな風に描かれるのは、忌々しい世界の正義の象徴の役割を果たすためだろう。
彼が果たして、八幡の甘言にひっかかる。
「みんなが一致団結して対処する可能性に賭ける」
そして、鶴見留美が躊躇なく真っ先に犠牲者に選ばれるのを目の当たりにして、葉山の、甘っちょろい、なんら実体のない理想は崩れさる。
ざまぁ見ろ。
私はここに、暗く、強烈なカタルシスを感じる。
 
このカタルシスは、よこしまだと思う。私だって正直、自己嫌悪を禁じ得ない。
例えば、強姦もののポルノで興奮してしまったときのように、ホラーの過剰な暴力表現を愉しんでしまったときのように。
しかし、それは確かに私の悦びなのだ。
目を背けても、認めまいとしても、そこに私の邪悪さがわだかまっていることは、否定出来ない。
そのおぞましい部分が暴かれていくのは、ある種の解放であり、カタルシスでもあるのだ。
 
しかし、ただグロテスクなものが陳列されているだけなら、この作品は私をここまで揺さぶったりしない。
このような八幡の邪悪で身勝手な試みにも関わらず、鶴見留美は、なお自らの可能性を示すのだ。
想像してほしい。
高校生が、圧倒的な強者がにべもなく包囲してくる暗闇で、他の子供たちは、恐慌を来して、お互いの足を引っ張りあうことしか考えてない時。
彼女は、生き延びる方法を考えていた。そして、最後の瞬間、他の子の手を引いて、駆け出すことが出来た。
この事実が、どんなに彼女の自信になるだろう。
彼女が「みんなガキでバカばっかり」と自分に言い聞かせ、しかし、日々、周囲の嘲笑と無視にその自信を削り取られながら、不安の中で、なんとか信じてきた自分の強さは、本物だったのだ。
この発見のカタルシスを、まあ、神酒原さんは「足りない」とおっしゃるわけですが。
八幡が、不遜で傲慢で奸佞なあの男さえ「ニセモノだって分かってて、それでも手を差し伸べたいと思ったなら、そいつは本物なんだろう」と、認めざるをえない。
この本物が、決して八幡や葉山に「救われて」出てきたのではないところが、俺ガイルの凄みだと私は思う。
これが神酒原さんのおっしゃるように「留美ちゃん周りの問題をボッチ視点から一気に解決、「解消」ではなく「解決」まで導く」なんて形の主人公主導の「解決」だったなら、少なくとも私にとってはものすごく不快な展開で、カタルシスがえられないのは勿論、大変なフラストレーションを溜め込むことになったでしょう。
いじめられっ子は、ヒーローに救われるのを待つだけの存在なの?
冗談じゃない。
ここが素晴らしいのは、仲間内でのハブ、という、些細だけど絶望的な状況設定。おそらく、誰だって同様の体験を持ってて、悔しさと不安と恐怖を味わってきたことがあるだろう。強大な魔王とか、ファンタスティックな設定に比べても、遥かになまなましく絶望を感じさせる。
そこを突破するのに、鶴見留美は別に主人公補正のついた特殊能力を必要としたわけではない。誰でも持っているはずの小さな勇気を、振り絞っただけだ。人間賛歌は勇気の賛歌ッ!!
これを希望と呼ばずして、なんと呼ぼう。
俺ガイルはどうしようもないクズ野郎の下種主人公と相前後して、ひたむきに人間の可能性を信じる希望も描く。この振り幅がかっこいい、と私は思うんだ。
鶴見留美が退場する時、八幡に目もくれない。この演出は実に豊かで感慨深いと思う。丁寧に3回アングルを変えて、わずかなようで、はるかに遠い、八幡と鶴見留美の距離を描写する。
 
しかし、神酒原さんは「作者orアニメスタッフが大風呂敷を広げた上でまったく畳めなかった、という評価」なんですよね。
神酒原さんは「八幡は無責任で問題を放り投げすぎ」とおっしゃる。もっと分をわきまえて、責任の取れる範囲のことをしろ、と、つまり「可能な範囲で」と葉山と同じことをおっしゃっているかのように、私は感じました。
さらに「あの子らの関係を壊さない」とおっしゃる。私には「みんな仲良く」とおっしゃっているように感じられました。
要するに、私から見ると、神酒原さんのご意見は、まさに葉山の意見そのものに見えるのです。神酒原さんは、本当に善良で親切で優しい、心のイケメンなんだろうと、思うんですよ。
もっと、主人公は知恵を絞って「「解消」ではなく「解決」まで導くべき」だった、ともおっしゃった。それは、私には世界を変えるためにはもっと自分を変えろ、と聞こえる。つまり「自分が変われば、世界が変わる」と聞こえる。
それはすなわち、世界が変わらないのは、自分が変わっていないからだ、ということ。
努力が足りない、もっとがんばれ、頑張りが足りないお前が悪い、努力から逃げるな。私の耳には、そう響くのです。
「逃げちゃダメなんて、教師の考え方でしかない。いつも自分が悪いなんてことはない。社会が、世の中が、周囲が、誰かがまちがっていることだって沢山ある。自分は変えられる、なんてのは、そのゴミみたいな冷淡で残酷な世界に順応して、負けを認めて隷属する行為だ。きれいな言葉で飾って自分すら騙している欺瞞に過ぎない」
この素晴らしい江口拓也さんのモノローグを、確かに聞いておられる筈なのに、何故、神酒原さんは「作者orアニメスタッフが大風呂敷を広げた上でまったく畳めなかった、という評価」を下すことができるのか、私の想像を絶する。神酒原さんの評価の基準自体が俎上にあげられて、相対化されようとしているのは、明らかなように私には見えるのだけれど(ゆきのん風)
 
「人が人を評価するのは固定観念と印象だ」
結局、神酒原さんはご自身が善良で優しいから、比企谷八幡についても「八幡の憎しみに否定的」とか「留美ちゃんの件も彼なりに最良の方法を採った」と、ありもしない彼の善良さをでっち上げてしまわれるのだろうと、私は感じている。
確かに、彼が善良さを動機としているのだとの仮定の上でなら、神酒原さんが「足りない」とおっしゃるのはもっともだ。
……絶望的な感性の差だと思う。
繰り返す、私は何度でも繰り返すが、8話の脚本は完成されており、江口さんの演技は素晴らしかった。
あの美しい作品を見て、それでも「八幡が世界を憎んでない」と感じられる善良さに対して、私なんぞの駄文を何万行も連ねても、おそらく全く通じまい。
親切な神酒原さんが、今、善意と厚意をもって、真面目に私の文章を読んでくださっているだろうことを、私は確信している。
そして、同時に、神酒原さんが全く心を動かされていないだろうとも、思っている。
読みながら、私のコメントに対する全面的な反論の草案を練っておられる筈だ。おそらくその反論は、私のコメントに対する心からの感謝に始まって、それでも八幡の善意を感じるという旨の文章が続くのだろう。
 
本当は、私は、神酒原さんのような善良な方に、俺ガイルを見てほしいと、思っていた。
あなたの善良さが、冷淡に、残酷に、踏みにじる人がいるのだ、と。戦慄を以て、気付いてほしいと思っていた。
「それでも、ヒキガヤ君とは仲良く出来なかったろうな」
葉山君が、そういってくれる。嬉しかった。
私が、最大のカタルシスをえたのは、この瞬間だ。
葉山君が、善良と優しさと正義の象徴のような彼が、正しく、ヒキガヤくん、と発音してくれる。
決して、葉山自身の善良さの鋳型に押し込めて、八幡を上から「評価」したりするのでなく。
対等の、しかし異質な存在として、水平に見つめて「仲良く出来なかったろう」と、好き嫌いを、感情をぶつけてくれる。それも嫌悪の情だ。彼の滅多に見せないネガティブな感情を、宝物のように、私は感じる。
私は、世界を呪い、憎悪する、怪物のような比企谷八幡に、著しく感情移入する一方、それでも世界の善意に片思いしていて、ひょっとして、世界はさほど冷淡でも残酷でもなくて、私の存在を認めてくれたりはしないだろうか、と未練たらしく恋々としている。
自分でも情けなくて、涙が出そうだ。
これが、所詮、俺ガイルがラノベ、アニメのレベルに過ぎないところなんだと思う。甘い。
現実の葉山的存在は、つまり神酒原さんは、けっして「ヒキガヤ君とは仲良く出来なかったろう」などとはおっしゃっては下さらない。
八幡の深刻なモノローグを屁とも思ってくださらない。八幡は世界を憎んでいない、鶴見留美にも精一杯親切をした、と、恬淡とおっしゃる。御自分の善良な価値基準を小揺るぎもさせず「許せる範囲を超えている」「大風呂敷をまったく畳めなかった」と「評価」してくださるだけだ。
名無しさんが、ユキマツさんが、そして私が、どんなに心を砕いて訴えても、きっと「記事内容に足りないところがあったようで」というご理解なのでしょう。
足りないのは、記事じゃない。
 
まあ、仕方ない。
上記は全て、私がひとり、個人の主観で感じ取っただけのこと。
私が、八幡の内側に善意を見出す神酒原さんの感性を理解出来ないように、私の申しあげることは、神酒原さんには通じまい。
人間の、個人の感性の断絶というのは、そういうものなのでしょう。
まとまらない感傷的な長文で、誠に失礼致しました。最後までご覧いただきありがとう御座いました。
2013.05.28 03:22 | URL | #VWhinffg [edit]
神酒原(みきはら) ">にぽぽだいさん"
初めまして、コメントありがとうございます。

とりあえず、僕自身のことについてもいろいろ書いて下さったので、まずはそこからレスをしていこうと思います。
かなりの熱量を以てコメントを書いてくれたので、僕のことを正しく知って欲しい、という思いからです。

まず気になったのは、にぽぽだいさんはいったい僕に対してどういう感情を抱いているのか、ということです。
かなり感情を込めて書かれたようなので逆に分かりづらくなっているのですが、僕は十分に助走をつけた強力な皮肉をぶち込まれているように感じました。これは感受性の違いなので、お前にはどうあっても理解できない、と。コメント投稿フォームのすぐ上にも書いてある通り僕は煽り・皮肉も受け付けていますので、皮肉であればそれはそれで構わないのですが、ただ戸惑っているのは、にぽぽだいさんは全力で作品の魅力について語られているという点。名無しさんとユキマツさんへの共感、ということですが、ここのコメ欄に書かれたということは、この長文は僕に向けられたものだと認識します。万言を尽くして魅力を伝えたこの文章の労力は相当なもので、自己満足によるものだとは思えません。
まとめて、にぽぽだいさんが僕になにを思っているのか、僕に(もす!に)なにを求めているのか、分かりません。感情的ではない、だれが見ても明らかな客観的な文章で言ってくれると、僕はかなり助かります。

そして、この点。

>そして、同時に、神酒原さんが全く心を動かされていないだろうとも、思っている。
>読みながら、私のコメントに対する全面的な反論の草案を練っておられる筈だ。おそらくその反論は、私のコメントに対する心からの感謝に始まって、それでも八幡の善意を感じるという旨の文章が続くのだろう。

これはまったくの心外です。
このあとにも「感性の断絶」などと書いていますが、たかだか記事一つで(他の記事も読まれたかもですが)言っても聞かないやつ、と断言され、怒りを覚えています。

ユキマツさんへのレスに「こうやってコメントで意見をくれて、その方と語り合うのがすごく好きなので」と書きましたが、語り合うからには、僕は柔軟な対応を以て議論に臨もうと常に心がけております。一度持った自分の考えをまったく変えない、ということはありません。

「僕を納得させる十分な論拠があれば、僕には意見を変える用意がある」ということを、僕はときどき言っています(申し訳ないですが、簡単に確認できる位置には書いてません)。
そして、割合で言えば少ないですが、僕が結果的に意見や見方を変えることになるほどの力を持ったコメントには何度も出会っています。そしてこれは「もす!」内のことだけではなく、他のブログさんにお邪魔させてもらった時も、リアルでの場合でも同じことです。

かなり前のことなので詳細には覚えていませんが、「周りのブロガーの意見に左右されるか」という命題において、僕は五段階の5、つまり「とても左右される」と回答しています。この場合は「周りのブロガー」でしたが、繰り返しになりますけど、「もす!」のコメ欄でも同様のことです。

分かりやすいように、例を出します。
にぽぽだいさんは、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』をご存知でしょうか。ご存知でなかったらすみません。知ってたら言わなくても分かると思うので、ネタバレなしで書きます。
この小説はすごい、という評判を聞いて、僕は砂糖菓子を読みました。しかし読んだ時にはすごいと言われるほどの魅力が分からず、ただただ後味の悪い感覚だけが残留しました。
しかし数年経ってから、これはリアルでの話ですが、友人に「魅力が分からなかった」と言うと、「それはいけない」と熱く解説してもらいました。
そして、ようやくタイトルの意味を知ることになりました。僕は砂糖菓子の魅力を(恐らく)正しく理解すると同時に、ショックで心をかき乱され、しばらくの間正常な思考を奪われました。これは誇張表現ではありません。その内容の酷さ(褒め言葉)にショックを受けたことはもちろん、そのことに初見で気づけなかった自分の読解力のなさにも絶望したからです。

このように、人の意見を聞いて自分の意見を変えることは僕にも十分にありえます。

また、割合で言えば少ないと言いましたが、これは僕の性格のせいではありません。人間、やはり最初に感じたことというのは強く感情に根付くもので、簡単には変わらないものです。また僕はブロガー、つまり文章を書く人ですので、感想を文字媒体に落とし込む過程において自然と理論武装をしています。
僕が名無しさんやユキマツさんの意見に動かされなかったのは、彼らの意見が僕の理論武装を破れなかった結果だと、にぽぽだいさんには認識して欲しいと思います。
(別に彼らのことを責めているわけではありません。こういうことは「こうでなければならない」と一つの解を必要とするものではないと思いますので、彼らの意見で僕が動かなかったことは結果の一つにすぎません。)

作品の話に行きます。

上記の話を踏まえて、僕はにぽぽだいさんのコメントにかなり心を動かされています。
そうか、そういう見方をすべきだったのか、と納得しています。ワタクシゴトですが、にぽぽだいさんのコメントを読んだら寝よう、レスは明日しよう、と考えていましたが、ショックで頭が冴えてしまい、寝ずにつらつらとコメレスを打っております。今日は忙しい日なのにどうしてくれるんですか。

第5話の感想記事にて、にぽぽだいさんから見たら僕のさらに遥か遠くにあるような意見をいただきました。読めば分かるかと思いますが、俺ガイルを極端に美化した意見となっており、コメントをくれた嬉しさはあったものの、僕は彼の意見を片っ端から否定しました(でも認めるべくは認めています)。
その際に、「ある作品について語るならば、その作品の文脈で語るべき」ということを指摘しました。彼は俺ガイルを分析するに当たり、『Fate』の文脈で作品を見ていたのです。

今回の僕にも似たようなことが起きていたのだろうと、今自覚しています。
視聴者は八幡の文脈で物語を見るべきだったところを、僕は、にぽぽだいさんが言うところの「善良」な感性のままで視聴していたのでしょう。

具体的な話をすると。
留美ちゃんの行動について、僕は一応カタルシスを感じていましたが、それは少しもやもやしていました(これが足りないと言った所以です)。
しかし、八幡の考えや行動をにぽぽだいさんの言うように分析すると、僕が使った言葉をそのまま流用すれば、留美ちゃんの行動それ自体が八幡へのアンチテーゼとなっていることが分かりました。これによりもやもやしていたカタルシスが形を得ました。
また、僕は留美ちゃんが最後八幡をスルーしたシーンが理解できていませんでしたが、これについても大いに納得しました。そして、それを受けての八幡の独白の意味も同様に。今はすべて意味を持って僕の中に存在しています。

長くなりすぎるので、具体的な話はここまでにしたいと思います。

また、ここまでの作品についてのレスを総括して。
僕が今まで書いたことは、にぽぽだいさんに先回りして言われたので僕も先回りしますが、にぽぽだいさんに「読みながら、私のコメントに対する全面的な反論の草案を練っておられる筈だ。おそらくその反論は、私のコメントに対する心からの感謝に始まって、それでも八幡の善意を感じるという旨の文章が続くのだろう。」と言われて「む。じゃあこれとは違うことを書いてやる」と思ってのものではありません。
僕がそういう、投稿者の顔色を見てコメレスをするようなブロガーでないことは、名無しさんやユキマツさんへのレスを読むだけでも分かっていただけていることだろうと思います。「きっとこう書いたら波風が立つだろうなぁ」と思ったことでも、僕は自分の思ったこと感じたことを曲げたレスは絶対にしません。

次に、作品について、恐らくにぽぽだいさんが誤解をされている点について。
これは僕の表現の稚拙さゆえのものです。

>ちゃんと彼女のことを考えた上で(彼の考える)最良の方法を採ったのだと僕は思います。

僕はユキマツさんへのレスにこう書いていますが、これはまったく言葉が足りていませんでした。
僕が意図した意味は、「八幡は八幡で己の正義に従っている」というものです。
『キノの旅』の何巻だったかは忘れましたが、キノが「悪いことをしている人間はいない。悪いことの基準はみんな自分で決めている」という意味のことを言っていました。僕はこの考え方にかなりの感銘を受け、普段から意識しています。
八幡の場合にも当てはまると思います。彼は自分のしたいようにしただけであり、それは彼にとっての正義なわけです。罪悪感は覚えていないわけですから。
僕のこのレスとにぽぽさんのコメントは、こういう風に対応させることができると思います。
「ちゃんと彼女のことを考えた上で」=「そして、かつての自分がしてもらいたかったことを、全く身勝手に行なった。」
僕の言い方は明らかに誤解を招くものですが、「彼が善意を持っていた」とは最初から考えていません。前述の第5話のコメントの彼へも、そういうスタンスでレスをしています。

最後に、僕が記事や前のコメレスのような感想に至った経緯について、決して僕の性格によるもののみではないことを釈明したいと思います。

>八幡の「小学生時代の友達なんて」の考え方とか、すげぇ共感できたんだけどなぁ。

僕は記事でこう書いている通り、具体的な話はまったくしてませんが(彩ちゃんの話をたくさんしたかったのでw)、今回のお話、作戦開始まではとても楽しく視聴していました。揺さ振られた度合いの差はあれど、にぽぽだいさんとそう変わらない感想だったんじゃないかと思っています(この差はまさに個人的なものですし、僕がとやかく言われるべきことではありません)。

しかし、いざ作戦が始まると、高校生が小学生を恐喝しているシーンが繰り広げられました。にぽぽだいさんも今回感じたカタルシスについて「自己嫌悪を禁じ得ない」と書かれていますが、僕はこのシーンにおいて、嫌悪感の方が振り切ってしまったのです。そう思わせるパワーが確かにあったはずだと思います(でないとにぽぽだいさんの言うカタルシスにも通じません)。
こういう種類の嫌悪感は本当に強力です。今回のテーマ部分を見せ切る前に視聴者を突き放してしまう危険性が確かにあります。
そういう意味では、「人間の、個人の感性の断絶」を生む要因となるお話だったと言えるでしょう(僕については議論によってこの断絶を乗り越える用意がある、ということは前述した通りです)。
僕の感性ばかりを責めることはできない。そう考えます。

>作者orアニメスタッフが大風呂敷を広げた上でまったく畳めなかった

こう感じさせることにも、十分な根拠があったと思います。
僕は名無しさんへのコメレスでこう書いています。

>これが万が一悪化した場合、あちこちに迷惑がかかる大問題になる可能性もあります。

この時に僕が想定した「可能性」を具体的に説明します。
八幡たちがいじめっ子たちの友情を崩壊させる。
目的や意図はどうあれ、手段が最低であったことは疑いのないこと。
この子たちが森でのことを先生に報告する、あるいは、先生が異変に気づいて話させる。
喩えこの子たちの関係性が欺瞞だったとしても、学校側はこの件を問題だと捉える。
林間学校を手伝った高校へ苦情が行く。
引率していた先生に責任が行く。
八幡たち個人個人にも小学生いじめのレッテルが貼られる。
マスコミに報道される。

十分考えられる可能性だと、僕は思います。
またこれらは、そんな世の中クソ食らえ、と唾棄すればいいレベルではないでしょう。考え方の違いではなく、明確な迷惑がかかるのですから。
しかも、本来はこういうことに気を遣うべき先生が、「まぁいいんじゃね?」と今回のことを結論づけています。前回、「私が許可する」だったか「私が責任を取る」だったか、八幡たちの留美ちゃんへの介入を許可していますので、作り手は「先生は客観的に物語を俯瞰する立場」であると考えていることが分かりますが、しかし今回俯瞰できていません(先生に関しては川崎さんの件の時にも、お話の都合のために教師としての職務がないがしろにされている描写がありました)。
恐らく作り手(それが作者を差していいのかアニメスタッフを差していいのかは、原作を読んでいない僕には分かりません)はこの可能性を想定していない、もしくは、想定したけど今回のテーマの前には致し方ないと考えている、と思われます。

これが、僕が「大風呂敷を畳みきれていない」と思った一因です(もちろん、これについてもにぽぽだいさんに反論があり、僕がその反論を聞いて考えを改める可能性はあります)。
この点において、僕はにぽぽだいさんの「8話の脚本は完成されており」を否定します。描くべくはきっちり描き切ったとは言えるでしょうが、視聴者に易しくない作りであったことも間違いないと僕は感じています。また、僕は「描くべくは描き切った」と分かった以上はその点を評価して作品への意見を改めますが、僕が説明した「迷惑」の部分があったせいでもうこの作品への理解は叶わない、と議論を投げ打つようなブロガーもいました。こういう感想は、感性の断絶があったからと言って、否定すべきものではないと思います。

他にも書きたいことはいろいろあったのですが、なんかもうコメレス書いている間に思いついては吹っ飛んでを繰り返しているので、この辺でひとまず終わろうと思います。
僕では辿り着けなかった解釈を提供してくれたことには大いに感謝し、同時に、熱弁をふるっておきながら僕の感性をこれと決めつけて議論を断ち切るような言い方をした点に関しては訂正を求めます。
2013.05.28 07:46 | URL | #- [edit]
 "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013.05.29 03:01 | | # [edit]
神酒原(みきはら) ">にぽぽだいさん"
返信ありがとうございます。

管理者のみに見えるようにしたのは、なにか意図があってのことですか?
僕はブログ運営の一応の方針として、管理者のみ表示のコメントが来た場合は、必要がなさそうならレスなし、ありそうなら極力コメントの情報を隠してレスをすることにしています。
にぽぽだいさんは一度普通に公開しておりますので、名前だけは出すことにします。
特に管理者のみコメントにした意図はない、むしろ公開した方がいい、ということなら、一報下されば、こちらで投稿し直しが可能です、と一応アナウンスしておきます(PASSを設定されていたら、そちらでも変更が可能……だったはず)。

というわけで、方針上詳細なレスができませんが、できる限りの範囲で答えていきます。

僕が前コメレスの理由により大風呂敷を畳めなかったと言った点について。
理由はあれがすべてではありませんし、僕は「一因」と書いています。あくまで前コメレスの内容は、僕が「最初に抱いた感想に至った経緯」を客観的に分析したまでで、現在の僕の意見とは少し違います。
僕が「畳めなかった」とした理由は、問題がとても大きくなる可能性を放置していること、そして、今回のテーマ部分を正しく認識できていなかったこと、です。後者についてはにぽぽだいさんからのコメントにより考えを改めた次第です。

前者について。
僕がこの点について前コメレスにて言及したのは、「視聴者に易しくない」という理由からです。
確かに、にぽぽだいさんの言う通り、こういう計算で行った作劇なのかもしれません。
でも、第8話を見た100人が100人同じような分析ができるかどうかという点について、これは難しいはずです。今客観的に見ても「そのことを分析し切るためにはそれなりの労力が要る」と僕は考えますし、実際問題僕は辿り着けなかったし同様のブロガーもいます。
言い訳をしたいのではありませんが、難しいのです。

また、もし分析し切ったのだとしても、そうなると主人公たちが本当に無責任すぎるので、そこを楽しむ作品だとはいえ、生理的な嫌悪感を与える可能性は十分にあります。これが視聴者その人の本来の感受性を阻害し、作品理解を阻む結果になることは、視聴者側に責任があるとは思えません。
にぽぽだいさんの言葉を借りるなら、凌辱ものに本気で吐き気を覚える人だっていますし、ホラーが生理的に受け付けない人もいるわけです。

そこから関連して、僕が俺ガイルを尊敬していない、ただ気に食わないから文句を言っているだけ、という点について。

一概に否定はできません。僕は確かに尊敬していませんし、気に食わない部分があったことも事実です。
ただ一つ誤解して欲しくないのは、僕は「俺が気に食わない」→「作り手は無能だ!」という思考プロセスを働かせたわけではないということ。記事では「期待外れ」と書いていますが、僕は本当に作り手がちゃんとできていないと思ったからああ書いたわけで、好き嫌いだけでものを申しているわけではないのです。
もちろん、この「ちゃんとできていない」の部分については僕の方の読解力が足りなかった結果だというのは、前コメレスにて書いた通りです。

また少し話を脱線させて、好き嫌いについて。
好きか嫌いかで言えば、僕は俺ガイルが大好きです。嫌いな作品の感想なんて書きませんし、特に時間がなくて更新数が減っている今の時期ならなおさらです。
また僕は記事を書く際、「いいところを必ず見つける」ことを絶対条件としています。可能であれば、「批判よりも褒めの分量を増やす」ことも追加条件に入れます。
今回についても、期待外れだったという部分を書いたあと、僕が非常によかったと感じた部分を書いています。俺ガイルに対して悪意ある態度を取っているわけではありません。

話を戻して。
僕はにぽぽだいさんのおかげで今は(恐らく)正しく作品のことを理解していると感じていますが、それでも迷惑のかかる可能性については頭の隅に引っかかってしまうところです。ええ、僕は確かにこういう作品、というか作劇が好みではありません。これは以前から自分でハッキリ自覚していることです。
そのせいで正しい理解をしようとしなかった、という点については言い逃れはしません。が、作品側にもそうさせる要因があった、という点についても取り下げるつもりはありません。

押井守が以前、「100人が1回見るのも1人が100回見るのも同じ」ということを言っていました。確か、こうだったと思います(記憶が曖昧です)。
万人に受ける作品というのは確かに素晴らしいのだろうけど、たった少数にしか受けなくとも、その少数が他作品の何倍も作品を愛してくれたらそれは同等の価値なのだ、と言いたかったのだろうと思います。

その点俺ガイルは、アニメも原作も終わっていませんが、後者なのだろうと思えます。
作り手とて、最初から万人受けを目指した作品作りはしません。必ずターゲットを想定します。俺ガイルはそのテーマ部分において、ターゲットがかなり絞られていたのでしょう。
(その一方で、萌え要素やオタクネタがふんだんに散りばめられており、広くユーザーを取り込む工夫もしています。)
そういう作品ですので、離れてしまう視聴者がいることについては、仕方のないことだと思えます。これは諦めではなく、そういう風に市場はできているのだから、その上で生存戦略を練るべき、ということです。
また僕はその点において、「離れてしまった視聴者」ではないと自負しています。離れかけてはいましたが、最終的な評価は最終話を見てから判断するものですし、今回にぽぽだいさんに再び近付けさせてもらえました。

僕のブログのスタンスについて。

今回の記事はすでに説明した通りの理由において足りないことになっていましたが、僕は基本的に、嫌なことは嫌、嫌いなものは嫌い、駄目なところは駄目、と遠慮なく指摘します。自分が尊敬できる大好きな作品であろうと、なかろうとです。
ただそれも、普段は客観的視点ならそのように、主観的視点ならそのように意識して書いていますし、そもそも、僕は(というかだれでもそうだとは思うんですけど)好きな作品を語る方が好きなので、マイナスなコメントをすることはあまりありません。

僕に「気に入らない→無能だ!」とした意図がなかった点については誤解が解けたものだと思って話を進めますが、ただの文句にせよ客観的な批判にせよ、マイナス評価を書くことにも意義があると思っています。
だって、こうやって「いいや違う」とコメントを下さって、僕自身の見識が広がったのですから。
今回は僕の方に間違った点があったわけですが、そういうことを指摘してくれるにぽぽだいさんのような方に何度も出会っています(何度も言われるのかよ、というツッコミはなしの方向で)。
ブログにはこういう素晴らしい点があります。2chのようなノリではなく、ちゃんと僕を見て意見を言ってくれます。

確かに妙に粘着質な、おかしいことを言ってくるコメントもありますが、そういう彼らにも説明して納得していただけたら、それは僕の成長につながることだと思っています。ただまぁ、本当に変な人たちは僕が万言を尽くしてもまったく理解しようとはしてくれないのですが。

川崎さん、平塚先生について。

にぽぽだいさんのコメントが期待以上だったというか、やはりなんというか僕はとりあえず第1話から見直すべきだと思えてきました。
なんだか、いろいろなものが見えていない気がします。

ただ、「見えにくい仕様だった」という点については、変わらない意見です。
川崎さん問題の解決シーンを思い起こすと、「八幡がスカラシップについて教え、そういうものがあるのか、と納得して終わった」ように見えます。
他の要因もいろいろあっただろうとは思えますが、川崎さんがスカラシップについて本当は知っていて、でもSOSを発していた……のだろうと視聴者が判断できる十分な描写はなかったと思います。

平塚先生については、これはもう一度見てみます。

好きな作品をけなされてカチンと来る気持ちはよく分かります。
僕もブロガーで、ネットの意見をあれこれ見ていますので、そういうことはよくあります。「いや気づけよ!こういう描写だろうがよ!」と思うこともしょっちゅうです。
しかし泣き寝入りなんてせず、ブログにて意見を書きます。時には別段好きではない作品でも、間違って解釈されていると感じた時には長々と擁護の文を書いたりします。

そういう点において、僕とにぽぽだいさんは一緒なのだろうと思っています。
僕の方こそ、いろいろとファンの方を不快にさせる書き方になってしまい、申し訳ありませんでした。
コメント、ありがとうございます。今回俺ガイルの見方を教えてもらいましたので、次回以降が改めて楽しみです。
2013.05.29 13:30 | URL | #- [edit]
にぽぽだい "そろそろやめましょう。"
ご返信ありがとう御座います。

前コメントを管理人さんにしか見えない設定にした理由は、俺ガイル8話とあまり関係ないこと、神酒原さんと私のケンカみたいな内容になっていて無関係な方にはご不快だろうということ、特に返信を要する内容と私の方は思っていなかったこと、などです。
でも、神酒原さんが特に伏せる必要を感じられないようならば、公開をお願いします。
 
神酒原さんが「言い訳をしたいのではありませんが、難しいのです」と書かれているのを読んで、私は、ああ、そうなんだなぁと思いました。
本当にそうなんですね。
 
神酒原さんが誤解とおっしゃる点については、全く解けておりません。
むしろ、今回のコメントを読んで、ますます、神酒原さんは「気に入らない→無能だ!」という考え方の人で、なおかつ、それをここまであからさまに指摘されても自覚出来ない人なんだ、という認識が深まりました。
あなたが「僕は本当に作り手がちゃんとできていないと思った」理由としてあげる「視聴者に易しくない」とか「視聴者に生理的な嫌悪感を与える可能性」とか、何回読んでも、私には「僕にやさしくない」「僕は嫌悪感を感じた」としか読めない。
「視聴者」って誰だよ。
「みんなってだれだよ?」って、八幡の3話の名台詞がありましたが。
私は、私の意見を、常に一人称の主語で言う。ソースは私。しかし、神酒原さんは、一番重要な主張を「視聴者が」と、言い出す。
だから誰なんだよ、視聴者って。
多分、こう尋ねると神酒原さんは「実際そういう感想を聞いた」などと実例をあげて「こんなに大勢の人が」みたいな反論をしてくるんじゃないかと、私は心配してしまう。いや、いくらなんでもそれは失礼か。
個人が、ネットや知人の間での風評を根拠に、十分に有意に「多数派」と言って差し支えない意見を抽出出来ないのは、統計学的な常識ですからね。
 
私の想像になりますが。
神酒原さんは実際はきわめて主観的に「自分の気に入らない理解出来ない作品をつくる作家は無能だ」と思っているのに、何故か、そうと認めたくない。
理解出来ないのも、好きになれないのも、神酒原さんのきわめて個人的な、理解力と感性の問題でしかないのに、それを認めず、「視聴者」という不特定多数の意見だと言い張る。私はそういう理解です。
更に言えば「視聴者」を確認する「感情的ではない、だれが見ても明らかな客観的な」方法もとっておられないんじゃないか、と思っています。あくまで私の個人的な推測に過ぎませんが、せいぜい多く見積もっても数百人程度の意見、それもご自身の偏った生活環境の中で見つけられた、ご自分にとって都合のいいものをもとにしている程度なんじゃないかな、と。
 
神酒原さんをあまりにもバカにしすぎかも知れないけど、万が一誤解がある場合を考えて確認しておきますが、「作品を尊敬する」とは「一から十まで誉めちぎる」という意味では、ないですよ?
尊敬というのは、尊び敬うこと。相手や、話題の作品のことを十分思いやり、軽々しく扱わないこと。
例えばこの際、自分の責任の範囲で発言するということです。具体的には「視聴者が」と言いたいのであれば、それがどんな調査で、どんな統計処理でえられた群かを、「感情的ではない、だれが見ても明らかな客観的な」形で示すことです。「ソース出せ」ってことですよ。
そうでないと、反論する側がどんな根拠を用意すればいいのか、分からないですよね? 思いやりのない行為だと思います。
ソースが出せないなら、はっきり自分の個人の感想だと認めるのが、相手と話題の対象に対する尊敬というものでしょう。その上での悪口なら、それは立派な尊敬の表明だと、私は思う。
俺ガイルで繰り返される「ソースは俺」ってのは、相手と世界に対するそういう尊敬を込めてのことだと、私は感じています。
 
もし、あなたが上記のような意味で「尊敬」という言葉を理解されていて、それでもなお「僕は確かに尊敬していません」とおっしゃるのであれば、お互いの意識の断絶は、やはり絶望的だと思います。
私は、自分でブログのタネにしている話題に尊敬をもたない人に対して、敬意を保つのは難しい。いや、正直、嫌悪と軽蔑しか感じない。

前のコメントではああ書いたけど、私は「ナニナニが気に入らない」という言説自体は、実は割と好きです。私自身も良く言う。
それが、自分の好きな物を誹るものだったとしても、潔い悪口なら意外に楽しく読めることも多い。
もし、あなたが、「視聴者」「他のブロガー」なんてことを言いださず、一人称の主観だけで「自分にとってはこの作品のここが不愉快だ」と言っておられたのなら、内容には同調出来ないとしても、私は多分、さして腹を立てることはなかったでしょう。
あなたが、まるで視聴者代表みたいに、「視聴者を不快にさせた」「視聴者には分からない」と決めつけるから、カチンと来るわけ。そして上から目線で「エンタテイメントとしてどうか」みたいなことおっしゃる。
「私も視聴者なんですけど、あなたに代表をお願いした覚えはないですよ」みたいな気持ちになりました。私の感想を捏造しないでください。想像だけど、名無しさんやユキマツさんにも、そういうお気持ちがあったかもしれませんね。
いちいち「視聴者」という「みんな」を持ち出すあなたは、同時に、反対意見の人は「みんな」じゃない、と主張しているんだということを、知っておくべきだ。
それは、反対意見の人に対して「お前は仲間外れだ」と言っているのと同じ。
よりにもよって、この、俺ガイルの8話についてこの感想!
これが釣りだったら、素晴らしい釣り師ですよ。
……本当に釣りなんじゃないかという気がしてきた、だって出来過ぎだもん。
 
私は想像を進めます。大変失礼な想像だけど。
神酒原さんが、どうして一人称で「自分の気に入らない理解出来ない作品をつくる作家は無能だ」と言いたがらないのか。
もし、そう言ったら「神酒原さんの理解力がないだけじゃね?」と言い返されるかも。
そう言われるとプライドが傷付く。「いや、他のみんなだってそうだよね」って言えば、すこし自分の傷付きが楽になる。そういうメカニズムじゃないかな、って。
でも、そうやって、自分でとるべき責任を、正体不明、不特定多数の「みんな」「視聴者」に押し付けるのは、卑劣で、無責任で、欺瞞に満ちている。
第1話冒頭、八幡が「砕け散れ」と呪う、青春の欺瞞と同質のものを、私は感じる。
 
誤解があるかもしれないので念のため強調しておきますが、私は「私こそ正しい」と言っているんじゃありません。全然違います。
私の意見は、誤解に満ち、不十分で、矛盾に溢れ、身勝手な空想に満ちています。私のいうことはまちがっている。自分で言うんだから、まちがいない。どっちだよ。
川崎紗季のキャラ理解等をめぐって、私が「正しい解釈」を神酒原さんに押し付けたように受け取られているかのような気配を感じました。
私の書き方が悪かったんでしょうが、別にあれが「正しい」理解とは、これっぽっちも思っておりません。
私は、釈然としない文脈にであったとき、すぐ作者とかの他人のせいにするのか、それとも、それをきっかけに自分の想像力を膨らませるのか、といったスタンスの違いについて書いたつもりです。川崎さんのことも平塚先生のことも、ちょっとした例の一つに過ぎず、そこは私の論点ではありません。
むしろ、私が「正しい理解」なんてものの存在を信じている、と思われているのだとしたら、著しい誤解です。堪え難いほどの侮辱で、訂正と謝罪を要求したいくらい。
実験による統計的検証が可能な自然科学分野でもない限り「正しい」なんて。「アニメの感想」で正しいとか正しくないとか。バカバカしい。
 
そんな恣意的な「正しさ」だの、何処の馬の骨かわからん「みんな」などに、自分の責任を譲り渡さない。
私のとぼしい理解力も、貧しい想像力も、すべて私の責任だ。それを一人で背負い続けていくこと。
ちょっと思ったんだけど、八幡が「ぼっち」という言葉に込める思いはそこにある、のかもしれない。
これは私の自己投影に過ぎないとは思うけど。
 
私は、神酒原さんは、思慮深く感性豊かな人だと、当初思っていたし、そう何度か書きましたが、今回のコメントを読んで、考えが変わりました。
同様に、前回のコメで「柔軟な方だと思う」とも書いたけど、これも訂正したいと思います。
私の最初のコメに書いたように、私と神酒原さんの間の感性の断絶は、絶望的に深く遠いと思う。私の力では、神酒原さんに届くようなメッセージは書けそうにない。
まあ、いい。
最初のコメで書いたように、私は、このページに、名無しさんとユキマツさんに共感を表明しにきた。届いているかどうかも知るすべはないが、とりあえず表明という目的は達しました。
更に追加して、先日、神酒原さんのコメントの中で、全く不必要かつ不当な侮辱を受けた野良猫さんにも、共感と敬意を表明したい。発言内容にはちょっと……だけど、その誠意ある一人称の語り口に対して。
神酒原さんについては……
まあ、こういう方もおられるのだなぁ、と、しみじみ感じ入っています。 振り出しに戻りましたね。
 
今回の神酒原さんのコメントの中で、一番ショックだったのは「僕とにぽぽだいさんは一緒なのだろう」の一節。
がーん。
上記のごとく、さんざん、卑劣で無責任で欺瞞に満ち、嫌悪と軽蔑しか感じない、とこき下ろした神酒原さんと、一緒。
うう。しかも、そ、その通りだ(涙目)
事実過ぎて言い返せない。
なんというブーメラン。 きゅうしょに あたった! こうかはばつぐんだ!
しかも、私の場合は、わざわざ他人のブログにまで押し掛けて、悪口雑言をほしいままにしているのだから、図々しさや、空気読めなさでは、神酒原さんよりはるかにひどい。
確かに、これが八幡なら、内心では反駁するとしても、口は黙ったままだろう。「ヒキタニくん」という明白な呼び間違いさえ、訂正しない男だ。
その「ぼっち」が、上記で想像したように、自他の責任に関する峻厳な弁別から発する態度なら、確かにそれはそうすべき。誰かが誤っているように見えたとしても、おせっかいにもそれを正そうとするのは、相手の主観を侵す侵略行為なのだ。
そんなことをすれば、私が自分の「正しさ」を主張しているように受け取られても仕方がない。
自分の主観と責任を尊重するなら、他人のそれを尊重するのは当然であり、つまり、神酒原さんが自分のブログ内で何を書いていようと、私は関与すべきではない。
そうだった。
私は恥ずかしい。八幡に対して恥ずかしい。浅慮のために俺ガイルへの愛を裏切ったことも、情けない。
私はもとのぼっちポジションへ戻ります。ここにはもう書き込みません。長らくお騒がせして、誠に申し訳ありませんでした。
 
最後までご覧いただきありがとう御座いました。
神酒原さん、お友達の「視聴者」のみなさんにヨロシクねw
2013.05.30 15:39 | URL | #VWhinffg [edit]
神酒原(みきはら) ">にぽぽだいさん"
そろそろやめましょう、ということなので、僕の今回のレスを極力短くして終わろうと思います。
書き込みはないまでも、このレスまではご覧になってくれればと思います。

僕が今回のやり取りを通じて分かったことは2点です。
1つは、俺ガイルの見方。これはにぽぽだいさんがどんな言葉をつくして僕を詰ったとしても、気づかされてしまったのだから、仕方のないことです。
1つは、きっと僕がどんな言葉をつくしても、きっと僕のことを理解してくれるのは叶わないだろうなということ。これだけ罵詈雑言を浴びせられれば、さすがに諦めます。しかもそのことごとくがいちいち筋の通ったものであるから、反論もできません。

最後に、僕の気持ちだけ書いておきます。

僕は今とてもショックを受けています。ブログ活動をしてきた5年余りの中でも恐らく一番落ち込んでいます。最初は「しまったそういう見方があるのか!」と、己の読解力のなさに対するものでしたが、今はにぽぽだいさんの言葉の棘によるものが大きいです。僕は最初のコメレスにて、「まず気になったのは、にぽぽだいさんはいったい僕に対してどういう感情を抱いているのか、ということです。」と書きましたが、きっと「俺ガイルの魅力をこの人にも分かって欲しい」という気持ちでいてくれているのだという前提で話をしてきました。この点において、僕は「僕とにぽぽだいさんは一緒なのだろう」と書きました。こんなにも面白いのに、その魅力を知らないなんてもったいない……僕はそんな気持ちで記事を書くことが多々ありますし、にぽぽだいさんもきっとそういう気持ちなのだろうと。

しかし、違ったようですね。
もう言い訳はしません。ここまで言われるからには、そう言われるだけの原因が自分にあるのだと反省し、今後のブログ活動、さらには人生に活かすまでです。

しかし、ここまでの誹りを受けることがあるだろうか?とも思います。原因が僕にあるのだとしても、にぽぽだいさんは、感情的に僕を貶すあまり、自らの主張まですべて放り投げてしまった。じゃあ今までのはなんだったの? もっと他に言い方があったんじゃないの?とも思ってしまいます。

そうでなくとも、相手の人格を全否定するここまでの罵詈雑言はどうなのだろう。
思えば、最初のコメントの時点で、僕のことをこれと決めつけて話を進めていました。となると、こちらがにぽぽだいさんの本来の姿なのでしょうか。
主義主張には正当性があっても、相手のことを酷いやつだと思っても、ここまで皮肉を重ねてくると、聞く方も怒りばっか湧いてきます。こうなってくると僕はとことん自分の甘い認識を叩き直したいところですが、なんかもう、叩き潰されてしまいました。
でもしょうがありません。自分でどうにかします。

最低でも。
僕がにぽぽだいさんのコメントを歓迎し、主張を理解しようと試み、そして大部分を理解した(※鵜呑みにした、にあらず。僕自身の価値観ともすり合わせ、その上で僕自身の解釈として飲み込んでいます)ことは、通じていればいいな、と思います。
今回のコメントを見る限り、特に3つ目は難しそうだけど。
2013.05.30 18:28 | URL | #- [edit]
名前を入れてください ""
はじめまして。
楽しく見させてもらってます!

今回の話は少女達の問題よりも八幡と葉山の考え方の違いが割とテーマになってると思います。それで八幡には、あのやり方しかできなかったって事を表現したかったのではないかと勝手に思ってます。

と、つい自分の意見を言ってしまいましたが、違う意見がある事なんて普通なのでそんな気にしなくてもいいとおもいますよ。これからもたのしみにさせていただきます。
2013.05.31 07:45 | URL | #- [edit]
神酒原(みきはら) ">名前を入れてくださいさん"
初めまして。コメントありがとうございます。

ものすごく失礼なことを聞くようですが、もしやにぽぽだいさんだったり……?
IPアドレスが酷似しているのでもしやと思ったのですが、違ったら本当にすみません。違ってたらプロバイダーを恨んで下さい、いや違う、馬鹿なことを聞いた僕を詰って下さい。

励ましのコメント、すごく嬉しいです。
でも今回は「意見が違う」という以上に僕の方に足りないところがありすぎたので、素直に反省しています。この反省を乗り越えると、僕はよりアニメを楽しめるようになっていると思うので。
確かに、八幡は留美ちゃんというよりは葉山の方を見ていたのかもしれません。それは視聴中も感じていたことでした。
やり方はきっと他にもあったでしょうけど(担任あたりに報告するのが一番常識的です)、葉山のなんら根拠のない理想を打ち砕くためにあの方法を採ったのでしょうね。これはにぽぽだいさんもおっしゃっている通りです。

もしかしたらまたいらんことを記事に書くかもしれませんが、また読んで下さるならこれ以上のことはないです。と言っても俺ガイルでは基本的にふざけてるだけだから恥ずかしいんだけどもw
2013.05.31 15:13 | URL | #- [edit]
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やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 第8話「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」
キャンプ二日目も孤立してる留美。 八幡の発案で、留美の状況を打開する作戦を、肝試し中に行うことになるが…。 留美が思わぬ行動に…? 水着回(?) 川があるって聞かされて
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 8話「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」の感想
人間なんて一皮むけばこんなものっすよ……って。 本当に怖いのは教師の前では普通の高校生が裏では小学生脅すようなクズだったとか! ということでぼっち女子小学生がぼっちであ...
[アニメ]やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 第8話「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」
鶴見の問題と”ぼっち”の問題とその他諸々の問題が解決されそうな糸口を見つけられるかもしれないという曖昧な結末だけど何かスッキリしたのはなぜだろう?
やはり俺の青春ラブコメは間違っている。 8話 「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」 感想
 クッソ、なんで戸塚が一番あざといんだよ!
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 #08 「いずれ彼ら彼女らは真実を知る。」
not rebuild,destroy!  どうも、管理人です。さっき、PCの更新入った辺りからあまりマシンの調子が良くないので、この文章書いてる最中にクラッシュしないか、それがめっちゃ不安で
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